近世の文を読む狂女(図版入り)

伴蒿蹊. 近世畸人傳. 森銑三 編集 岩波文庫. Vol. 黄(30)-217-1, 黄-165, 2196-2198: 岩波書店, 1940. 135-136 
 
江戸時代の歌人・文筆家の伴蒿蹊(ばんこうけい 1733-1806) が1790年に刊行した書物『近世畸人伝』は、100名ほどの人物の「奇」なる生き方を記した書物であるが、その第三巻には「文展狂女」(ふみひろげきょうじょ)として、16世紀後半の天正期の京の街の精神病の女の物語を記している。その女は40歳ほど。一巻の手紙を筥に入れて首にかけ、花が咲くころには東山の木かげで、月の夜には五条の橋の上にいて、文を出して読む。ある時にはたからかに、ある時には沈み込んで、声をあげて泣悲しみ、独言をいって、文を納めて去っていく。女の名はちよで、もとは織田信長の女の小野のお通につかえた女であった。京の商人の喜藤佐衛門に嫁ぎ、そのあと色々あって別れようとしたが、お通が夫に手紙を書いて夫は心を改めた。しかし、5年後に夫は死に、織田の一族もちりじりになって、ちよは狂ってしまい、京の街のあちこちでお通の手紙を読む毎日であった。
 

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日文研データベース 近世畸人伝正・続より 
 
夫を失っておそらく孤独になり、しかも発狂した身で、かつて仕えた女性からの手紙を読んで京のあちこちをさまよう女には、強い情感がともなう。