ハンセン病と精神疾患 ーJ.R. キプリングの作品より

須永朝彦編集. 江戸奇談怪談集. ちくま学芸文庫筑摩書房, 2012. 
 
東雅夫須永朝彦が編集した怪奇作品の傑作集があり、医学史家としては手元にあるレファレンスとして便利である。東による『怪奇小説精華』に、J.R. Kipling が書いた The Mark of the Beast という短編が面白い。1890年に刊行されたもので、ハンセン病精神疾患が、インドの宗教と社会と帝国主義の重ね合わせの中でおどろおどろしい姿を描く話である。
 
登場人物は、イギリス側には4人いて、「私」という物語の語り手、ストリックランドという警視隊でインド通の人物、デュモワズという医師、フリートというインドに遺産があってそれを処理しに来た軽薄で酒飲みの人物である。インド側で本当に重要なのは、ハンセン病の患者でサルの神さまハヌマンの寺院で乞食をしている人物である。
 
フリートが酒を飲んでハヌマンの寺院で神像に不敬な真似をしたところ、人々が騒ぎを起こしはじめた。その時に、ハンセン病患者で症状が重篤になっており、顔は崩れて目鼻も見えないものが、自分の頭をフリートの胸に当てた。それによって、彼についていた悪霊をフリートにつけたのである。フリートはストリックランドの屋敷に行き、ストリックランドの頼みで「私」も一緒にいると、フリートは人間性を失い、狼へと変化していく。最初は血が出る生肉の要求、胸に不思議な薔薇模様の腫れものが現れ、フリート自身の馬も彼を恐れるようになる。医師を呼ぶと、医師はこれは狂犬病であり、もう助からないという宣言をする。ストリックランドは、ハヌマンの寺院にいたハンセン病患者が自分の屋敷の周りを歩いているのを知り、彼を捕まえて灼熱の鉄身で強制して、彼がフリートにつけた悪霊を取り除くように命令して、それが成功した。フリートの狂犬病あるいは獣になる疾病は、ハンセン病がつける悪霊が起こし、それを取り除くことができたという話である。