科学史や医学史における領域の変遷について

Bray, Francesca. "Science, Language, and the Purity of Bottled Water." East Asian Science, Technology and  Society 11, no. 3 (2017): 385-90.

しばらく前の EASTSを読んでいて、そこで何気ない冗談がはさまれている。ケンブリッジ大の先生で、中国の科学研究を樹立した Joseph Needham 先生に関して、彼が若いころは発生学を学び、そこから中国の科学史の開拓者になったことは偶然ではない、中国の科学は胎児性があって、それが何かになる可能性を信じていたからだというような議論である。

中国科学は長い歴史の中でずっと胎児だったのかどうか、ニーダム先生が中国科学の胎児性を信じていたかどうかは、私にはよく分からない。そのような発言をする脈絡もあるのだろう。

一般的に面白いのは、科学史を研究する前には何の主題を研究していて、どう移動して科学史の研究者になったのかという議論、あるいは、科学史の中で最初は何を、次は何を研究するという風に領域を変えたのかという議論である。佐々木力先生は数学を学んで数学史の研究者になるという、とてもよく分かる経路である。ケンブリッジのチャールズ・ウェブスター先生は、最初は17世紀のイングランドの内乱期を軸とする過激な医療改革の方向性を研究し、後には NHS という20世紀の医療福祉の改革を研究した。どちらも優れて対抗的な医療システムだったからである。ロイ・ポーター先生は、最初は地質学の歴史で博士論文を書いて、それからほぼ何の関係もない医療の社会史に移動した。後者に巨額の資金が投入されたからである(笑)外にも、理由を聞いてみたい先生たちがたくさんいる。