症例とアーカイブズー歴史学と批評理論の解釈

Anderson, Warwick. "The Case of the Archive." Critical Inquiry, vol. 39, no. 3, 2013, pp. 532-547,  doi:10.1086/670044.
 
ウォリック・アンダーソン先生はオーストラリアの優れた医学史研究者で、アジア研究にも貢献している。フーコーや批評理論などを上手く使って洞察を示す力がある。この論文も、1994年にオミ・バーバという著名な文学研究者が、ナラティヴ論を展開するときに、医学の症例に関する症例の成り立ちを質問してから20年かかった答えであるとのこと。バーバの名前が象徴するように、文学の批評理論と歴史の実証性を組み合わせようとしている。
 
冒頭では、現在の医療とも関係が深いエピソードで始める。かつて医学を学んでいたアンダーソン先生たちが、「優れた症例」に目が行ったという話である。本格的な議論の最初は、フロイトが書いた著名な症例を紹介する議論である。英文学者たちが症例というと基本的にフロイトで考えるから、まずフロイトが症例を執筆するありさまを議論するところから始まる。もちろん、フロイトが書いた症例は非常に文学的である。患者の人生、家庭、精神分析者との関係などが、長いストーリーに組み込まれる。これは他の病院の症例とは区別されるべきものである。他の病院においては、19世紀の初頭の大きな病院などで患者個人のための症例が成立する。ここでは、病院であるから、医療と行政が組み合わされた状態で、それが症例を構成するという。次の部分が一番面白いところで、病院における症例の発達は、アメリカの軍隊における医療記録の進展と並行しているという。ことに南北戦争における詳細な疾病や傷病の記録などが重要であるという。最後がデリダアーカイブズ論(知りませんでした・・・)と絡める議論である。病者の行動が記録されて保存されるアーカイブズが伴うという議論だと思う。
 
実証歴史家から見ると、おおまかな点も多い。しかし、非常に多くのメリットが含まれている。歴史を勝手に使うイデオロギーときちんと向かい合って、史料を洞察が高い枠組みで分析する、水準が高い議論を学者たちがすること。そして、それが一般の人々に共有されること。どちらも大切な仕事である。アンダーソン先生の論文、議論への導入の一つにとって素晴らしいと思う。数十点の「これも読むこと」とともにおすすめします。