フェリックス・デーレールとバクテリオファージ

Myelnikov, Dmitriy. "An Alternative Cure: The Adoption and Survival of Bacteriophage Therapy in the Ussr,  1922–1955." J Hist Med Allied Sci, vol. 73, no. 4, 2018, pp. 385-411, doi:10.1093/jhmas/jry024 %J  Journal of the History of Medicine and Allied Sciences.
 
JHMASの2018年の73巻4号は、ソ連におけるバクテリオファージ療法の実験について。とても面白い論文である。バクテリオファージというのは、生物学や生理学の領域では、DNAの前身のような重要な概念であったが、実際の治療法という観点では、いまいちインパクトがない。これは、1940年代にペニシリンなどが始めた抗生物質の効果という急上昇した新しい領域によるものである。ただ、抗生物質にはもちろん深い問題がある。当初は有効だが、それに耐性を持つ病原体が作られるという仕組みになっている。その中で、バクテリオファージの概念が取り上げられているということは知っていた。
 
私が全く知らず、とても面白かったのが、それがソ連で受け入れられて長期にわたって実験されたという点である。これが重要だったのは1920年代のソ連であり、ソ連の医者はバクテリオファージで活発な実験をしていた。疾病としては、赤痢、腸チフス、ペスト、コレラなどで、戦争に伴う疾病であることが大きい。また、ソ連ではまだ都市化や下水道の整備が一般化しておらず、疾病の環境においてイギリス、フランス、ドイツでは減退した赤痢や腸チフスなどが重要であるからである。これは、いずれも同じ時期の日本と重なる部分が多い条件である。
 
もうひとつ、調べていてとても面白いのが、フェリックス・デーレールいうフランス人・カナダ人で、資本主義的な企業家であり、大学で教育を受けていないが高く評価された細菌学者として世界中をめぐった人物である。ノーベル賞は一度も取っていないが、候補になったのは10回に上るという。優れた伝記が出ているので、買っておいた。野口英世を彷彿とさせる科学者である。