多重人格と捏造と母親の問題

Schreiber, Flora Rheta. 失われた私. 巻正平訳. 早川書房, 1978. ハヤカワ文庫.
Schreiber, Flora Rheta. Sybil: The True Story of a Woman Possessed by Sixteen Separate Personalities. Penguin, 1975.
Hacking, Ian, “Making Up People”, London Review of Books, vol.28, no.16, 17 August 2006.

 

母親が旦那と協力して子供を虐待した事件で、検察が懲役15年、裁判が8年ということを知る。色々あるだろうが、私は長いのかもしれないと思った。その関係で、以前から読んでみたかったシュライバー『失われた私』を読む。もともとはハッキングの論考で知った歴史的な事例である。ハッキングの議論の中で、アメリカの精神医学のある部分が、この30年くらいの期間に劇的な変化と不安定化を経験していること、そこには、社会による解釈と、それに合わせた患者自身の自己規定が調和していく過程があるというような議論である。そこで「多重人格」という概念の爆発的な流行が用いられていて、面白い歴史的な事例であるが、私はその書物を読んだことがなかった。母親の責任を少し考えたこと、時間ができたので、読んでみた。

もともとは1970年代にフローラ・シュライバーという女性ジャーナリストの著作が大ベストセラーとなったことが発端である。コーネリア・ウィルバーという女性の精神分析医が、ある女性患者を「シビル」と名付けて10年以上にわたって診療したこと。シビルが母親によって虐待されたことを通じて「多重人格」の患者となったこと。シビルは全体で16の人格を持つようになったこと。そのことを組み立ててシュライバーは劇的な書物を書いた。1973年に刊行された書物は、英語の書物として40万部を一気に売り、全体としては600万部の売り上げを記録した大ベストセラーとなった。

この現象を通じて、多重人格の診断が劇的に増加した。「それまでは多重人格の診断は全体で200件くらいしかなかったが、1970年代から80年代には数万件の診断があった」という冗談のような事実もあった。1970年代・80年代は、「多重人格」という診断や、それに基づく社会の態度や、それに自らをあてはめた患者の自己認識と振舞いが流行した時期である。その社会における態度の中で論争の中核は母親と子供の間の緊張した関係である。シビルが母親にどれだけ虐待されたのか、その結果多重人格になってしまったという物語である。

それに対して、1990年代には、精神医学の診断が変わり、アメリカ社会が変わり、患者の自己認識と振舞いが変わる中で、多重人格の概念は崩壊して、解離性同一性障害という名称となって残っている。母親や父親のが、「多重人格」という概念が急激に没落する。たまたま私が買った翻訳の文庫本では英語の原作でも最初の翻訳でも使われていたなかった「多重人格」という言葉が使われているが、そこには確かに一世代前の流行語である。

さらに、これは読んでいないが、シュライバーとウィルバーが協力して、さまざまな記憶を捏造したという書物もある。2011年に出版された Sybil Exposed という書物で、アメリカのアマゾンでは200人くらいの人々が熱烈に応援している。おそらくいい本なのだろうが、主張も極端な気がする。難しいですね。