「屎戸」(くそへ)と患者Aの精神疾患

患者Aと呼ばれている王子脳病院の患者。もっとも難解な患者であるが、一つのヒントを見つけた。身体に自らの糞を塗ることの意味である。

Aは1920年くらいに来日し、かなり重度の精神疾患となり、1930年に王子脳病院に委託で入院した。いったん良くなり、緩解したとまで言われたが、再び悪化し、1940年に合併症の脚気で院内で死亡した。入院前においては、下層の人物で、言語を書くこともできなかったし、東京周辺で土方の労働をして、西多摩のあたりで仕事をしていたとのこと。むさぼり取られていたのだろうと思う。このあたりの部分は非常に長いが触れないでおく。

Aが緩解の状態から数日単位で極端に悪化するようになって、自分の身体に自分の糞を塗るようになる。この部分をどう解釈すればいいのか、まったく分かっていなかったが、もしかしたらヒントになるかもしれないことを見つけた。神道における罪の概念の一つに、屎戸(くそへ)と呼ばれるものがあることである。そして、この糞をもてあそぶ最も有名な存在がスサノオノミコトである。これを使ってホモ・サケルの概念にかかわりをもたせることができる。もちろん、部分的な推測の議論だが、3パラグラフくらい書くことができる。

 

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以下、藤沢, 衛彦 and 晴雨 伊藤. 日本刑罰風俗図史. 国書刊行会, 2010. とWikipedia の「天つ罪・国つ罪」からの引用である。

 

天つ罪・国つ罪(あまつつみ・くにつつみ)とは、神道における罪の観念で、『延喜式』巻八「祝詞」に収録される大祓詞に対句として登場する。古きに倣い天津罪・国津罪とも表記される。天津罪は以下の8つ。最初の5つは農耕妨害であり、最後の3つは身のけがれである。ついでに、医学史研究者だから、国津罪も書いておく。

天津罪

* 畔放(あはなち) - 田に張っている水を、畔を壊すことで流出させ、水田灌漑を妨害することとされ、『古事記』・『日本書紀』にスサノオ高天原においてアマテラスの田に対してこれを行ったと記している
* 溝埋(みぞうめ) - 田に水を引くために設けた溝を埋めることで水を引けないようにする灌漑妨害で、これも『古事記』・『日本書紀』に記述がある
* 樋放(ひはなち) - 田に水を引くために設けた管を壊すことで水を引けないようにする灌漑妨害で、『日本書紀』に記述がある
* 頻播(しきまき) - 他の人が種を蒔いた所に重ねて種を蒔いて作物の生長を妨げること(種を蒔く事で耕作権を奪うこととする説もある)で、『日本書紀』に記される
* 串刺(くしさし) - 『日本書紀』には、その起源をスサノオ高天原においてアマテラスの田を妬んでこれを行ったと記しているが、その目的は収穫時に他人の田畑に自分の土地であることを示す杭を立てて横領すること、とする他に、他人の田畑に呪いを込めた串を刺すことでその所有者に害を及ぼす(または近寄れないようにした上で横領する)という呪詛説、田の中に多くの串を隠し立てて所有者の足を傷つける傷害説、家畜に串を刺して殺す家畜殺傷説の3説がある
* 生剥(いきはぎ) - 馬の皮を生きながら剥ぐこととされ、『日本書紀』にスサノオ命が天照大神が神に献上する服を織っている殿内に天斑駒(あまのふちこま)を生剥にして投げ入れたとその起源を記していることから、神事(ないしはその準備)の神聖性を侵犯するものとされるが、本来は単に家畜の皮を剥いで殺傷することとの説もある
* 逆剥(さかはぎ) - 馬の皮を尻の方から剥ぐこととされ、『古事記』『日本書紀』に生剥と同じ起源を記していることから、これも神事の神聖性を侵犯するものとされるが、本来は単に家畜を殺傷することとの説があるのも同様である
* 糞戸(くそへ) - 『古事記』『日本書紀』にはスサノオ高天原においてアマテラスが大嘗祭(または新嘗祭)を斎行する神殿に脱糞したのが起源であると記していることから、これも神事に際して祭場を糞などの汚物で汚すこととされるが、また「くそと」と読み、「と」は祝詞(のりと)の「と」と同じく呪的行為を指すとして、本来は肥料としての糞尿に呪いをかけて作物に害を与える行為であるとの説もある

国津罪

国津罪は病気・災害を含み、現在の観念では「罪」に当たらないものもある点に特徴があるが、一説に天変地異を人が罪を犯したことによって起こる現象と把え、人間が疵を負ったり疾患を被る(またこれによって死に至る)事や不適切な性的関係を結ぶ事によって、その人物の体から穢れが発生し、ひいては天変地異を引き起こす事になるためであると説明する。

* 生膚断(いきはだたち) - 生きている人の肌に傷をつけることで、所謂傷害罪に相当する
* 死膚断(しにはだたち) - 直接的解釈では、死んだ人の肌に傷をつけることで、現在の死体損壊罪に相当し、その目的は何らかの呪的行為にあるとされるが、また前項の生膚断が肌を傷つけられた被害者がまだ生存しているのに対し、被害者を傷つけて死に至らしめる、所謂傷害致死罪に相当するとの説もある
* 白人(しらひと) - 肌の色が白くなる病気、白斑(俗に「しらはたけ」ともいう)のこと。別の説では「白癩(びゃくらい」(ハンセン病の一種)だともいう
* 胡久美(こくみ) - 直接には「瘤」のこと。この場合は瘤ができること。別の説では「くる病」のことだともいう
* 己(おの)が母犯せる罪 - 実母との相姦(近親相姦)
* 己が子犯せる罪 - 実子との相姦
* 母と子と犯せる罪 - ある女と性交し、その後その娘と相姦すること
* 子と母と犯せる罪 - ある女と性交し、その後その母と相姦すること(以上4罪は『古事記仲哀天皇段に「上通下通婚(おやこたわけ)」として総括されており、修辞技法として分化されているだけで、意味上の相違はないとの説もある)
* 畜犯せる罪 - 獣姦のことで、『古事記仲哀天皇段には「馬婚(うまたわけ)」、「牛婚(うしたわけ)」、「鶏婚(とりたわけ)」、「犬婚(いぬたわけ)」と細分化されている
* 昆虫(はうむし)の災 - 地面を這う昆虫(毒蛇やムカデ、 サソリ[要出典]など)による災難である
* 高つ神の災 - 落雷などの天災とされる
* 高つ鳥の災 - 大殿祭(おおとのほがい)の祝詞には「飛ぶ鳥の災」とあり、猛禽類による家屋損傷などの災難とされる
* 畜仆し(けものたおし)、蠱物(まじもの)する罪 - 家畜を殺し、その屍体で他人を呪う蠱道(こどう)のことである