伊藤晴雨と大正期のSMと精神医学

世界の刑罰・性犯・変態の研究 : 絵画・写真集. 復刻版 edition, [出版者不明].
Noyes, John. The Mastery of Submission: Inventions of Masochism. Cornell University Press, 1997. Cornell  Studies in the History of Psychiatry.
 
 
国際的な研究プロジェクトで、戦争が精神疾患と精神医療に与えた影響を調べるものがある。シェルショックや戦争神経症PTSDと呼ばれている疾患があり、日本のその問題に関しては、中村江里さんが深く広い貢献をしてくださるだろう。私ができることとしては、もちろん1920年代から1945年までは症例誌があるが、それ以前に関してどうしようか考えていて、試してみる案を思いついた。
 
伊藤晴雨(いとうせいう 1882-1961) が書いていた文章を読んで、うまく行くかもしれないアイデアである。日清戦争日露戦争などの戦争による文化の一角の形成の中に、日本の演劇で用いられた男女の責めを連接してみるアイデアである。伊藤によると、戦争とSM的な責めのシーンは連接しているという。日清戦争時に「壮士芝居」が大流行し、日露戦争時にも残酷で残虐な責めの場面が流行したとのこと。また、演劇だけではなく、演劇化されたような事件に関しても、日本の精神医療が一定程度は関連している。ヨーロッパでは人種性と階級制を非常に強調したSMが19世紀末から20世紀まで流行しており、日本では戦争が関係してくるのかもしれない。

死体と生き埋めと「身体の歴史」のメリット

Steiner, George et al. アンティゴネーの変貌. みすず書房, 1989.
 
今年の一般教養は身体の歴史を教えている。これまで、医療の歴史、狂気と精神医学の歴史、疾病の歴史という三つの主題を教えていた。「身体の歴史」は今年から始めて、最初は多少の不安があったけれども、意外と教えるのが楽しい。一つの理由が、文化、社会、芸術を織り込むのが、他の主題に比べて楽しい話題になりやすいということがある。医療の歴史、疾病の歴史は、どうしても理系の話が多い。文学や人々の態度も、もちろん入れ込むことが可能だけれども、結構むずかしい。狂気と精神医学も、まだバランスが分からない部分が多い。身体の歴史は、文学などを自然に入れることができる。
 
これを強く感じたのは、シュタイナーのアンティゴネー論を読んでいて、18世紀から19世紀末にかけて人体が生き埋めにされ死後の人体と交流できる主題が、多くの人々の強い関心の対象になったという部分を読んだときである。一方にはエドガー・アラン・ポーの『早すぎた埋葬』や『黒猫』などがあり、医学や生命科学の領域では、18世紀の動物実験や19世紀の催眠術や死者との交流などへの「ほとんどヒステリックなほどの関心」となる。古典古代との連続があり、文系があり、理系があって、とても話しやすい。「身体の歴史」というのは、意外とうまくいく話題が多いのだなあと実感した。
 
 

mono no aware と もののあはれ

 

www.oed.com

数日前のOEDの「今日の単語コーナー」は mono no aware だった。mono- にはギリシア語で「一つの」「単一の」というような意味があって、monopoly や monogamy という語があるし、薬の名前を読むときに、何かが一つというように考えるので、単一の何かがあって、それに注意を向ける (aware) という成句なのかと思っていた。ところが、これは「もののあはれ」を英語として表現したものである。

発音はモノノ・オワーリというような感じである。多くの日本人が聞くと「もののおわり」だと思うだろう。「もののあはれ」とはかなりの距離感がある。「もののあはれ」を調べて、なんとなく気の動きの感じがあったのが面白かった。本居宣長については、何を読めばいいのか分からないけれども、何点かの研究についてはメモが残っている。特に、石川公弥子さんやヤングさんの論文と一緒に読んでおこう。また和辻や川端の有名な本も読んでおこう。

 

akihitosuzuki.hatenadiary.jp

二十四節気の夏至

夏至立夏立秋のちょうど中間点。夏の真ん中にあたる。北半球ではこの日に昼が一番長く、夜が一番短い。太陽は最も高く昇り、したがって物の影は最も短い。冬至から夏至までは一年の前半、夏至から冬至までは後半である。陰陽説では、これまでが陽の期間、これからが陰の期間となる。
 
初候は鹿角解(しかのつのおつ)。鹿の角が落ちて新しい角が生えてくること。
 
次候は蟬始鳴(せみはじめてなく)。ここのセミがまた難しい問題である。日本で使われるセミの漢字かヒグラシの漢字かという問題、中国で使い分けられているかという問題、そして言語的に正しい漢字を選ぶと現実の自然に合うかどうかという問題である。そもそも、私が使った蝉の漢字が、正しくない。うううむ(涙)
 
末候は半夏生(はんげしょうず)。半夏という草が生えるころの意味。半夏というのが二つの植物があり、一つはドクダミ科の多年草で、夏になると葉の一部が白色に変化するはんげしょうという名の草。もう一つはハンゲと呼ばれるからすびしゃくというサトイモ科の多年草。夏に白い花をつける。塊茎はつわりの妙薬とされている。しかし、しかし、どちらも春に芽が出るから、現実には全く合わない。半夏生は混沌の海である(涙)

脳炎と節足動物

脳炎節足動物について多少混乱したのでメモ。 
 
脳炎のところに arthropod-borne という言葉が出てきて、それを anthropodと読み違えて多少混乱した。arthropod というのは節足動物という意味である。昆虫、クモ、ムカデ、ダニなどを想像するとよい。ノミとシラミは昆虫である。日本脳炎はコダマアカイエカという蚊が媒介するのでarthropod-borne である。他には、ペスト(ノミ)、マラリア(アノフェレス)、黄熱病、シャガ病、デング病などが、節足動物が媒介する感染症である。
 
日本脳炎は、ヒト、ウマ、ブタの疾病である。これらの動物の間でウィルスを媒介するのがコガタアカエイカというカ(蚊)で、水田にいるタイプである。特にブタが<増幅動物>である。増幅動物というのは、宿主の中で疾病の汚染性を高めるものである。たとえば肥育豚は、日本脳炎が体内で増幅され、大量のコガタイエカが有害化し、それがヒトに伝える。これを増幅動物という。

明治初期の京都の日本脳炎

エコノミストエスプレッソでインドの子供で脳炎が流行しているという短報を読み、BBCに行って、インドでの流行を知る。ライチという果物を食べたことが流行の背景ではないかとのこと。encephalitis という言葉は英語で説明すると Inflammation of the brain, caused by infection or an allergic reaction、日本語では脳炎と訳していいのだろうかと調べていたら、面白い情報にぶつかった。1871年の夏から秋に京都で発見された流行病が、最初に同定された脳炎の流行であったという記述である。
 
少し調べると平凡社の世界百科事典に書いてあるらしい。以下のような記述である。
 
世界大百科事典 第2版の解説
にほんのうえん【日本脳炎 Japanese encephalitis】
日本脳炎ウイルスによって起こる感染症1871年(明治4)の夏から秋にかけて京都で流行した脳炎が今日の〈日本脳炎〉の正式記録の始まりである。日本脳炎は長い間,他の脳炎,とくに嗜眠性脳炎(エコノモ型,A型,冬季脳炎などとも呼ばれる)と混同されて,いろいろな名称で呼ばれてきた。すなわち,1903年の東京で流行した〈吉原風邪〉に始まり,仮性脳脊髄膜炎,夏季脳炎,B型流行性脳炎,日本流行性脳炎などと呼ばれてきたが,その後に日本脳炎に統一され,54年に法定伝染病に加えられた。
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版
 
1871年の京都での流行、そして1903年の東京での流行があり「吉原風邪」と呼ばれたという。この部分、私がまったく知らなかったことである。ううううむ(涙)泣いていないで調べよう。

JSTOR Daily よりマルクスのワイン(笑)

www.atlasobscura.com

 

水曜の朝には JSTOR Daily が来て、面白い記事を紹介してくれる。今日の記事の中からは、長期的な疼痛を治す家庭の記憶の心理療法の話も楽しかったが、カール・マルクスがワインを飲んだくれる人物であるという文章がやはり楽しかった。お酒はワインで、トリエルやケルンなどの街で飲めるモーゼルの白ワインであるとのこと。ドイツ人であること、イギリスに行っていることなどから、なんとなくビールを飲むのかと思っていたが、白ワインだったのか。たしかジャック・ル・ゴフだったと思うが、ワインを飲む地方とビールを飲む地方に二分されるという面白い議論があった。