Entries from 2010-03-01 to 1 month

『江戸の病』

必要があって、氏家幹人の『江戸の病』を読む。江戸時代の医学史は、面白い逸話が多く本格的な分析が少ない歴史研究の主題として取り上げられることが多く、良い意味でも悪い意味でも「軽い」歴史書、「ライト・フィクション」にならって「ライト・ヒストリ…

免疫学における「自己」概念

必要があって、免疫学の思想史の古典的な傑作を読む。文献は、Tauber, Alfred I., The Immune Self: Theory or Metaphor? (Cambridge: Cambridge University Press, 1994) 同じ著者のメチニコフの思想のすばらしい分析を読んだことがあって、それよりも野心…

田中香涯『明治大正医学史』

必要があって、田中香涯の『明治大正医学史』を読む。これは『東京医事新誌』の刊行五十周年を祝って、田中に『明治大正医学史』をコミッションしたという経緯で書かれたものである。『東京医事新誌』から助手を一人つけて資料を集めさせ、それを参照して仕…

『予防医学という青い鳥』

予防医学に携わった医師が『健康文化』という雑誌に連載したものをまとめた書物。好事家的な医学史にも二種類あって、ひとつが日本を対象にして自分が住んでいる地域の古文書などを読んだりする人、もうひとつは、専門にしている医学の診療科や分野における…

『中国の妖怪』

必要があって、中国の妖怪の博物誌を読む。文献は、中野美代子『中国の妖怪』(東京:岩波新書、1983) 著者の妖怪の定義はシンプルである。「現実に存在する人間や動物や植物やときには鉱物などが、その現実の形態や生態を超えて人間の観念に現前するもの」…

西遊記(十)

最終巻では天竺国に入る。これまでも立派な国はあったけれども、さすがに文明の地の天竺に入ると、一国一城をなすような妖怪と戦いを交えるというよりも、人間に化けて国や都市の中に潜んでいる妖怪の正体を見抜いて戦うという設定が多い。最後の大きな冒険…

西遊記(九)

西遊記の後半部分は三蔵の「男性性」が狙われるという主題の話が多い。登場するのも女性の妖怪になって、物語の前半では、こわもての妖怪との死力を尽くした歌舞伎の「荒事」のような大立ち回りが多いのに比べて、後半では、おんなの妖怪が三蔵を誘惑する「…

糞尿とその思想

いただいた論文を読む。どちらも、糞尿についての文化と思想を媒介にして深い問題を掘り下げた力作である。文献は、佐藤由美子「差異空間の神話学」『現代思想』30(2002), no.2, 18-46; 東ゆみこ「壊れた世界と秘匿された”自然”」『思想』no.1013、2008年9月…

西遊記(八)

この巻の終わりでは「ラマ僧」が出てくるから、一行はチベットのあたりについたということだろう。『西遊記』が現実の地理とどれだけ対応しているのか私には見当もつかないけれども、ラマ僧が出てくると、天竺も近いなあという実感がした。エピソードは三つ…

西遊記(七)

しばらく前から「牛魔王もの」というべき部分になっている。昔の孫悟空の仲間に牛魔王という妖怪がいるが、その牛魔王の甥など一族と次々と戦う趣向になっている。この巻で牛魔王ものが終わって、いくつか小さなエピソードが入って、次は「医学・薬学系」と…

西遊記(六)

この巻では、一行は女性ばかりからなる「女国」を通りかかるので、西遊記としては珍しく、愛と性と生殖の話が多く、子供向けのリライトではカットされているエピソードが続く。まずは、河の水を飲んで三蔵と八戒が妊娠し、泉の水を得て堕胎する話がある。こ…

死刑囚の最後の食事

ソフィー・ダールというイギリスのモデル・女優・物書きがいて、もちろん美人だけれども、児童文学のロアルド・ダールの孫娘ということで、なんとなく親しみを感じている。最近は料理本も書くようで、その流れでイギリスのファッション雑誌のVogueに書いてい…

『西遊記』(五)

全十巻のちょうど半分まで。ここでは大きなエピソードは二つ。鹿、虎、かもしかが化けた三人の道士が信じやすい国王を言いくるめ、道教を尊ばせて仏僧を迫害している国に一行が到着する。悟空はこの三人の道士を打ち破り正体を暴くのだが、その時に悟空と道…

谷崎由実の精神病(笑)

必要があって、谷崎潤一郎が、一高以来の知己で精神科医の杉田直樹に宛てて書いた肉筆の手紙を読む。日本近代文学館が所蔵している。ものすごく達筆の候文で、私だけでは到底読めない代物だったけれども、日本近代文学館の図書館員にとても親切にしていただ…

売薬と医者について

必要があって、有賀喜左衛門の著作集をサーチする。日本の村落社会と家族社会学の分析の古典だけれども、なにしろ半世紀以上も前の著作だから、精神病者のケアはもちろん、障害者や老いた親のケアについてすらほとんど書いていなかった。でも、全集の第一・…

『神経病時代』

必要があって、広津和郎の『神経病時代』を読む。昭和26年発行の古くて壊れそうな岩波文庫で読んだ。もともとは大正6年に『中央公論』に発表された筆者の文壇処女作。大正二年に早稲田大学を卒業して東京毎夕新聞の記者として働いていたときに書いた作品であ…

西遊記(四)

西遊記の第四巻。大きなエピソードは二つで、一つは金角・銀角(「金閣・銀閣」と変換しがちですが、それは誤りです)との戦いで、これは私が子供の時に読んだ何種類かの『西遊記』でも必ず入っているエピソード。名前を呼ばれてそれに答えると吸い込まれて…

日本陸軍の精神病院

必要があって、日本帝国陸軍(および海軍)における精神医療の歴史を研究した書物を読む。文献は、清水寛『日本帝国陸軍と精神障害兵士』(東京:不二出版、2006)日本の陸海軍の医学というのは面白いトピックだけれども、色々な理由で研究が難しい。この書…

国際政治と公衆衛生

必要があって、20世紀の国際政治と公衆衛生についての最新の論文集を読む。文献は、Solomon, Susan Gross, Lion Murard and Patrick Zylberman eds., Shifting Boundaries of Public Health: Europe in the Twentieth Century (Rochester: University of Roc…

『西遊記』(三)

沙悟浄を加えて「旅の仲間」が完成し、本格的な冒険が始まる。沙悟浄の参加以外に語られるエピソードは二つであり、一つは「人参果」の話である。人参果は、9000年に一度赤ん坊の形をした果物をならせ、その木の実を食べると不老不死になるという。この木は…

西遊記(二)

三蔵の前に観音様が現れて取経のために西に旅立つところから、悟空、龍(三蔵の馬となる)、八戒の順番で、弟子を一人ずつとっていく部分のお話し。しかし、つくづく、構想は壮大で、細部には知的で奥深い仕掛けが象嵌のようにはめ込まれ、宮廷の豪奢、妖魔…

明治四年の医師数

『医譚』から、美濃国・郡上郡(ぐじょうぐん・現在は郡上市)の明治4年の調査から、村ごとの医師数と人口を示した部分を論じた論文を読む。文献は、山崎佐「旧幕時代の医師と人口の対照」『医譚』No.4(1939), 20-22. いかにも山崎らしい、古文書をネタにし…

『医譚』と腫面

必要があって、昭和戦前期に刊行されていた関西医史学会の機関誌『医譚』を読む。復刻版が医学史書の老舗の思文閣から出ている。昭和13年から19年まで刊行されたもので、その内容の水準が高いことは私たちの間では有名だった。私は復刻版で初めて触れるが、…

『西遊記』(一)

妖怪ものの一大傑作ということで『西遊記』を読みだす。中野美代子の訳で、岩波文庫で全10巻という大作。練り上げられた親しみやすい現代文に、詩歌の訳は日本語の字数をそろえる凝りよう。そして学問の蘊奥を極めた詳細で魅力的な訳注。原典からのオーセン…

『妖怪文化研究の最前線』

いただいた論文集を読む。文献は、小松和彦編『妖怪文化研究の最前線』(東京:せりか書房、2009) 今井秀和「お菊虫伝承の成立と伝播」109-130. 徳田和夫「わざわひ(禍・災い)の襲来」164-178. 安井真奈美「妖怪・怪異に狙われやすい日本人の身体部位」24…

長谷川等伯展

国立博物館に長谷川等伯没後400年の回顧展を観に行く。東京中の駅に水墨画の「松林図」と金碧画の「楓図屏風」のポスターが貼り出されていたから、大変な混雑を予想したのだけれども、それほどではなく、傑作をゆっくりと楽しむことができた。石川の七尾の絵…

ポランニー『経済の文明史』

必要があって、ポランニーを読む。ちくま学芸文庫に入っている『経済の文明史』。昔、栗本慎一郎がスター学者だったころに読んだことがあって、懐かしかった。市場という経済システムが社会に埋め込まれているのか、それとも社会が市場に従属しているのかと…

ラテン語

気晴らしにラテン語の本を読む。文献は、Harry Mount, Amo, Amas, Amat… and All That: How to Become a Latin Lover (London: Short Books, 2006) 今日は無駄話です。いえ、もちろん、気晴らしにラテン語で書かれた本を読んだわけじゃありませんよ(笑)。…

痛みを感じる政治

出張の新幹線の中で Prospect の記事を読む。この15年くらい読んでいるイギリスの中道左派系の月刊誌である。 James Crabtree, “The Hardest Word”, Prospect, 2010, Jan. 国家元首などが歴史上の過去の行為について被害者やその遺族などに謝罪の意を表明す…

マクニール『世界史』

必要があって、マクニールの『世界史』を読む。世界の歴史を読める長さの一冊の本にまとめるという難事を成し遂げた書物で、同じ著者の『疫病と世界史』で授業をするときの背景を少し詳しく知りたいときには読むことにしている。中公文庫で二冊本で出版され…