科学の地理学

科学の地理学を論じた書物を読む。

 科学の大部分は、大声では言わないにせよ、普遍的な学問だと自認している。科学的な法則は世界中のどこにおいても妥当するはずである。だとすれば、科学が営まれる場所というのは、科学の本質にとって、せいぜい二次的な意味しか持っていない。しかし、場所によって科学が営まれる仕方と中身が大きく違うことは、私たちが日常的に観察することである。科学にとって「場所」というのは、意外に重要なのである。この書物は、「場所」の視点から科学の歴史を見直したものである。過去30年ほどの科学史研究の成果から、「場所」のテーマと関連するものを切り出してきて、うまく整理してスリムな書物になっている。
 本書では「科学と空間」という問題群は三つの系に分類されている。場所 (site)、地域 (region)、循環 ( circulation) である。「場所」の系では、科学的な知識が生産されたり、消費されたり、再生産されたりする場所が論じられる。例えば、実験室、博物館、病院、動物園、フィールドなどである。たとえば、貴族の館が実験室なりキャビネット・オヴ・キュリオシティなりを備え付けた時に、他の部屋が持つ様々な機能(くつろぐプライヴェートな空間であるとか、客をもてなす公式な空間であるとか)と調整しながら、新たな機能を持つ一つの空間が作り出される。そして、「好奇の間」の中に知的・イデオロギー的な秩序を与え、その空間に「世界」が像を結ぶような仕掛けが与えられる。このように、社会的・象徴的な意味を持った空間的な「仕切り」(他の部屋と区別される)と「結びつき」(世界がそこに収集される)を作り出すことが、博物学などの科学的な営みの本質である、というような議論がされる。
 詳述はしないが、「地域」「循環」についても、面白い素材が満載である。特に、リンネの博物学が、北方戦争に敗れて領土的な野心を放棄した国家(スウェーデン)における、国内の農業開発と植物の気候馴化のための学知であったという考え方は、私には目新しく面白かった。
 この書物は良書だが、これを面白く読むには、科学史の知識がわりと必要だと思う。学部向けのセミナーのテキストを意識して作ってあるのかもしれない。

文献は David N. Livingstone, Putting Science in Its Place (Chicago: University of Chicago Press, 2003) なお、文中で触れたリンネの話は、Lisbet Koerner, Linnaeus: Nature and Nation (Harvard University Press, 1999) に書いてあるようです。