「旅する人々」と疾病

 ある論文のためにHealth Transition Review という雑誌を過去10年分くらい目を通していたら、別の仕事の脈絡で面白い論文があった。西アフリカのAIDSである。

 西アフリカにおいては、植民地化以前から現在でも長距離交易が盛んであった。行商人といえば男しか思いつかない私にはちょっと意外なことだったが(無知でごめんなさい!)、女性の行商人も多数活躍している。女性の行商人のなかでは、特にガーナ出身の女性が多い。

 移動中の人間は、定住地と住居が提供するセキュリティ(ここには、病気に対するプロテクションも含まれる)が低下した環境で生活することを余儀なくさせられる。また、村の中で顔見知りの女性とカジュアルな性的関係を持つことが(理論的には)禁止されているガーナの社会では、行商で移動中の女性というのは、男性の性的欲求の格好の標的になる。商品の長距離移動のために、トラックの運転手と良好な関係を持ち、条件を交渉しなければならないことも、彼女たちの弱みになる。女性の行商人は、性感染症に対して二重にヴァルネラブルなのである。AIDSの流行の初期において、ガーナでは行商人と女性に目だって患者が多かったことも、行商人女性がハイリスク・グループであったことを裏書する。この論文は、ガーナの二つの市場町でのインタヴューに基づいて、女性の行商と性感染症の関係を論じたものである。

 この議論自体、とても面白かったが、移動中の人間の生活につきまとうインセキュリティというのは、私にとってツボにはまった問題である。ヒントになった。

文献はAnarfi, John K., Ernest N.Appiah, and Kofi Awusabo-Asare, “Livelihood and the Risk of HIV/AIDS Infection in Ghana: The Case of Female Itinerant Tranders”, Health Transition Review, Supplement to vol.7(1997), 225-242.