学会から帰ってきました。ブログを再開します。
先日紹介した、Ikkaku Ochi Collection の写真集の書評を書かなければならない。そのために、日本の医学と視覚文化の本を何冊か読み漁った。荒俣宏の影響なのか、想像したよりも多くの本が出版されていた。その中の一冊が、小野芳郎の『<清潔>の近代』である。
この本が記述する主な歴史の枠組みは目新しいものではない。厚生省史観とでも言えばいいのだろうか、『医制百年史』などで馴染み深い古典的なものである。主役は、西洋医学と国家とコレラ。江戸時代の「養生」に代表される個人の行為を中心としたシステムから、明治維新とともに、西洋医学と国家とコレラ対策の三つの柱からなる国家衛生システムへと変化が起きたこと、そして伝染病対策が一段落すると、同じシステムが、感染症予防から、長寿や健康美や強健な身体へと目標を変えていく、というストーリー。
この書物の魅力は、『医制百年史』のような無味乾燥な法令と政策の羅列ではなく、新聞記事や雑誌記事やいかがわしい療法や売薬の広告、衛生博覧会のカタログなどの、面白いマテリアルを提示して、斜めから正史を見ていることである。また、ところどころに「排除」のような、何となくフーコー風の概念を使った考察が挟まれていることも、魅力だといえるのかもしれない。
私は知らなかったのだが、著者の小野さんという方は、環境工学の先生である。この書物が副業の産物であり、しかも専門の博士論文を仕上げるのと平行してされていた仕事であることを考えると、ただただ驚嘆すると同時に、非常に嬉しくなる。同じ著者の『水の環境史』も読んでみよう。
文献は小野芳郎『<清潔>の近代 「衛生唱歌」から「抗菌グッズ」へ』(東京:青弓社、1997)。『水の環境史 「京の名水」はなぜ失われたか』は、2001年に PHP新書として出版。