薬物療法の歴史の関係で、stimulants 刺激物と narcotics 催眠物についての本を読んでみた。このブログでも前に触れたことがある、19世紀後半のニューヨークの流行医で、「神経衰弱」という一世を風靡した疾病概念を作り出したジョージ・ビアードの書物がリプリントで出ていたので、それをだいぶ前に買っておいたのを思い出して読んでみた。
欲しい話はなかったが、洒脱な流行医で世間の注目を浴びている上に文明と身体を著作のテーマにしている医者だから、面白い話が満載である。南部に行ったらコーヒーが沢山飲めたとかいう自分の体験談に加えて、世界のさまざまな地域の、酒やお茶やコーヒーやタバコやアヘンやハシシの利用法と健康との関係について得々と語っている。 「刺激物の民族誌」である。
中でも面白かったのは、これらの薬物に関して動物実験はできないという断言である。犬や猫や豚で実験して、人間に適した刺激物と催眠物を調べることができるわけがないとビアードは断言する。頼りになるのは実験ではなく経験だけ。つまり、臨床とその積み重ね、あるいは疫学以外に方法はない、というのである。個人の体質と、人種や気候などによってこういった薬物の影響は大きく変わるからだという。一対一の臨床こそが医学的知識が生産される正当な場であるという、John Warner が研究したおなじみの信念である。
文献は、Beard, George M., Stimulants and Narcotics; Medically, Philosophically, and Morally Considered (New York: G.P. Putnam & Sons, 1871; rept. New York: Arno Press, 1981).