ネズミとネコとツツガムシ

 ペスト漬けの日が続く。流行記事や昔の論文を読み、表を作り、地図を描く。その合間に、ネズミの本やノミの本を読む。その中で、ペストとは関係ないが、ある本を読んでいて、目に留まった面白い言い伝えがあった。文献は長谷川恩『ネズミと日本人』(東京:三一書房、1996);矢部辰男『昔のねずみと今のねずみ』(東京:どうぶつ社、1988)

 長野県埴科(はにしな)郡坂城町には鼠宿という地名があり、以下のような話が伝わっている。

「この地方にツツガムシが蔓延して人々を苦しめた。そこで近くの洞穴に棲む大ネズミに助けを求めて、これを退治してもらうことができた。人々が大いにネズミに感謝すると、ネズミは思い上がって農作物を荒らし、人畜にも危害を加えるようになった。人々は、救世主転じて大敵となった大ネズミ対策のために、唐から猫を連れてきて、ネズミと闘わせることにした。両者は壮絶な戦いをしたが、ネズミは猫に食いつかれ、苦しさのあまり屏風岩に齧りつき、その岩を食いちぎった。たちまちこの岩で支えられていた湖の水がどっと流れ出し、二匹の獣は水流に流された。猫はやっと岸に這い上がったが、そこで力尽きて命を落とした。この流れが千曲川であり、猫が力尽きたあたりには、唐猫神社が建てられてこの猫を祀っている」

 民話や神話の分析という手法は、私は論文で使ったことはないし、どちらかというと距離を取っているが、この話はちょっと面白い。野ネズミは現在でもツツガムシ病を媒介するダニの宿主である。そのネズミが、ツツガムシ病を退治する・・・ マラリアと同様に、ツツガムシ病も、かつては広く分布していたが、明治には既に局地化がかなり進んでいた病気だろうと私は想像していて、この話が長野のツツガムシ病の流行とその終焉を記録しているのかもしれない。民俗学者が苦笑するような、ナイーブな解釈なんだろうけど(笑)

唐猫神社の話は、以下のサイトにも紹介されていました。