ネズミ盛衰記

 ひきづづきペストのリサーチの関係で、ネズミ関連本を読み漁る。 文献は、斉藤隆『森のねずみの生態学 - 個体数変動の謎を探る』(京都:京都大学出版会、2002);矢部辰男『昔のねずみと今のねずみ』(東京:どうぶつ社、1988);戸川幸夫『イヌ・ネコ・ネズミ-彼らはヒトとどう暮らしてきたか』(東京:中公新書、1991)最初の一点をのぞいて、どれも軽い読み物で、ネズミの勘定に疲れた後の気分転換になった。

 ペストの疫学の研究にネズミは欠かせない。日本のペスト患者のほとんどはネズミ由来のノミに噛まれて感染し、そけい部に大きな腫れができる、いわゆる腺ペストである。肺炎を併発して人から人に移る肺ペストは、患者全体の3.5%にすぎない。肺ペストが少なかった理由も考えなければならないが、まずは腺ペストとネズミである。

 ヨーロッパで、ドブネズミがクマネズミを駆逐したため、ネズミと人間がノミを媒介にして接触する機会が少なくなり、17世紀後半からペストが下火に向かったという説がある。立証することも反証することも極めて難しい説だが、授業では一応教えることにしている。

 日本のドブネズミとクマネズミの源平盛衰記的な話は、上記の本にいやと言うほど書いてあった。足の裏の肉球にひだがあり、柱を登ったり綱をわたったり身が軽いクマネズミが、戦後の都会の住宅をまず制圧した。天井を走り回るクマネズミの足音というのは昭和30年代から40年代まで日本の風物詩だった。しかし、家の中に穀物を貯蔵する農家的な習慣がなくなったためにクマネズミは、ドブネズミに圧迫され、排水溝に住みついて身体も大きく気も荒いドブネズミが都市を制圧する。 しかし、このドブネズミも殺鼠剤の登場で防圧され、現在での都市のビルでは、その敏捷さを生かしたクマネズミが覇権を回復したという話である。 

 有名な話だけど、戦前、それも明治末から大正初期のペスト流行期にはどうだったんだろう? 日本での流行を考えるときに、ちょっと大事な点である。