自慰をするロンドンの花たちと精神病


 世紀末ドイツの作家、オスカー・パニッツァの簡単な伝記を読む。文献はBrown, Peter D.G., Oskar Panizza: His Life and Works (Berne: Peter Lang, 1983). 

 オスカー・パニッツァは1853年に生まれ1921年に没した作家である。ギムナジウムに入学するが歌手になることを目指して音楽学校に通うなどの紆余曲折を経て、ミュンヘン大学の医学部を卒業したのは1880年。ミュンヘンの精神病院に勤務するが2年ほどで退職し文筆活動に打ち込む。当時のミュンヘンの前衛的な芸術家グループに属し、キリスト教の攻撃や性的に露骨な描写などで書物は発禁処分にあう。1894年に出版した戯曲 Liebeskonzil (『愛の公会議』とでも訳すのだろうか)が、梅毒の起源が教皇の宮廷の性的放縦にあるというストーリーで、しかも神やキリスト・生母を冒涜した描写があったので、冒瀆罪で有罪判決を受け、一年間刑務所で服役する。(この書物を原作にした映画が1982年にドイツで製作されたときに、オーストリアではカトリック教徒の感情を傷つけるとして上映禁止になったそうである。)刑務所から出たのちにミュンヘンを離れてチューリヒへ、そしてチューリヒでも数年で退去を命じられてパリへと転居を繰り返すうちに精神病が昂じ、パリでは本格的な幻聴と迫害妄想に悩まされるようになる。パニッツァ自身、若い頃から母方に精神病の血が流れていることを心配していたが、その不安が現実のものとなったわけである。ミュンヘンの家族の介入によって、彼は1904年にパリを離れてミュンヘンに帰ったが精神の不調は悪化し、1905年にバイロイトの近くの私立の精神病院に入院、そこで死ぬまで過ごす。ミュンヘン大学の精神医学教授クレペリンは、パニッツァの症例をパラフレニーとして教科書で紹介している。

 パニッツァの作品はかなり翻訳されている。以下のHPに7つの短編の翻訳が掲載されている。このうち「あるスキャンダル事件」はミシェル・フーコーが紹介して有名になったフランスの両性具有者エルキュリーヌ・バルバンの事件に基づいたフィクション。「タヴィストック・スクエアの犯罪」は、この研究書によれば、ロンドンのバラやモクレンなどの花が自慰をするという主題の短編だそうである。花が植物の生殖器であることは、ボタニカルアートを学ぶ淑女たちの悩みの種だったが、花の自慰というのは奇想ですね。 ちょっと読んでみたくなりました(笑)
http://homepage1.nifty.com/ta/sfp/panizza.htm

 最後に一つ、面白い情報を。この伝記では軽く触れているだけだが、1895年にパニッツァが出版した書物は「マックス・シュティルナーの想い出に」捧げられているという。辻潤にしろパニッツァにせよ、シュティルナーの読者は、発狂し放浪すると相場が決まっているのだろうか(笑)。 

 画像はパニッツァの写真。