楽しい流行病



 ますます現実逃避的に、江戸明治の流行病にまつわる錦絵を眺める。文献は内藤記念くすり博物館『はやり病の錦絵』(2001)。

 はやり病が流行すると予防法や治療法などが出版された。そのときの養生の内容を洒落た形で表現した多色刷りの版画(錦絵)が添えられたものを集めたのが本書である。見て美しく、巻末に活字化された台詞は読んで楽しい。お買い得の一冊である。

 ページをめくりながら、この違和感をどう表現すればいいのかということを考えていたが、的確な表現が思い浮かばないまま書かせてもらう。一言で言って、このはやり病の錦絵はどれも「楽しい」のである。まず視覚的に綺麗だし、知的な趣向も凝らしてある。擬人化された流行病は恐ろしいというより滑稽である。喩えて言えば、厚生省のAIDSキャンペーンポスターで、品行方正そうな男女がコンドームの形をした槍をふるって、「愛のない性」「売春」「麻薬注射」「非加熱製剤」(笑)などの醜い悪魔たちを追い払っているという漫画が使われたら、国民は強烈な違和感を持つだろう。その時に感じるだろう違和感に近い。どういえばいいのだろうか・・・

 江戸時代の人々は流行病を怖がっていなかったけれども近代になって病気は他者化されて恐怖の対象になったとか、あるいは洒落た江戸っ子はそういう恐怖を笑いのめすのが粋だと思っていたとか、その手のことを考えるつもりはあまりない。最近気になっているのは、流行病というのは楽しいものだったのかもしれないということである。江戸時代なら村で集まって鳴り物入りで流行病を送るお祭りをして騒ぐことができた。中世のペストの時には墓場で人々は乱痴気騒ぎをする。1394年には墓場で踊ったり棒投げをしたり車輪投げをしたりボウリングやさいころ賭博をすることを禁じる教皇の勅令が出ていた。

 画像は「三気男はしかたいじ」(1862) そして、ついに私も見た!コレラを引き起こす「くだ狐」!(http://blogs.yahoo.co.jp/akihito_suzuki2000/37183248.html)
同書は、博物館のHPから買うことが出来ます。http://www.eisai.co.jp/museum/ から、「出版物・販売物」のリンクをクリックするとカタログ画面になります。