『精神病棟の二十年』

 旅行先の雑駁な読書のブログも今日で最後。 推理小説だけでなく、仕事に少し関係がある文庫本も持っていって読んだ。文献は、松本昭夫『精神病棟の二十年』(東京:新潮文庫、1981, H17)
 
 しばらく前から読まなければならないと思っていた、昭和30年代から50年代にかけての精神病患者の手記。 最初は東京で、次は北海道の旭川で何回も精神病院への入退院を繰り返したありさまが描かれている。 精神病は性に原因があるということ、女性に愛されなかったことが彼の精神病の原因であるということ、精神病院にはカウンセリングが必要なのに彼が入院された頃にはそれが一切なかったという批判、そのあたりが一貫した主張で、後は色々なことが順を追って色々と、わりと淡々と書かれている。 読み物としては素朴である。 その素朴さを「たくまない」記述と取って、歴史資料としてある種のオーセンティシティを感じさせるという解釈も成り立つだろう。

 インシュリンショックや電気ショック療法などについての quotable な文章が沢山あった。特に後半の入院は、主に患者の母親が必要だと判断してイニシアティヴを取った入院である。日本の精神病院の入院のメカニズムを考えるときにとても参考になる。

 しかし、私が特に嬉しかったのは、この書物に、松沢病院の元院長の精神科医・金子嗣郎が、松本の手記を読んだ感想・批評が付されていることだ。「分裂病の治療史」というタイトルになっているが、23ページのうち三分の一くらいは、金子が松本を論じた部分である。つまり、この一冊の本の中に、患者自身による病気の経験の記述と、医者がその記述を読んでどう思ったかということの双方が含まれている。 こういう資料で、日本語で読めて、文庫本で学生が手に入れやすいものをずっと探していた。 臨床の物語の複数性を教えるときに、レポートの課題文として最高である。