医者の肖像画


医者の肖像画
 医者の視覚的表象についての論文を読む。文献はLawrence, Christopher, “Medical Minds, Surgical Bodies: Corporeality and the Doctor”, Science in Caricature: Historical Embodiments of Natural Knowledge (Chicago: University of Chicago Press, 1998), 156-201.

 長いことウェルカム医学史研究所の重鎮にして闘将だったクリス・ローレンスが、医者たちの肖像画について書いた論文。肖像画を楽しく見ながら、その分析にたくみに織り込まれている医学と医学史の中心的な問題の議論を知ることができる。水準が高い彼の論文の中でも傑作の一つである。私は初めて読むが、学部生向けの医学史の授業に最適。 

 医学に内在する「知的学問」の側面と「実践者」の側面という二つの大きく異なった側面を、どのように専門職としてのアイデンティティに織り込むか。有閑階級であるジェントルマンを志向しながら、実は診療で生活しているという矛盾をどう解決するか。自律的に倫理規範を決定する専門職でありながら、生活の糧は患者に依存しているという事態を、どのように表現するか。こういった複雑な事情の中で緊張した場において、医者たちがアイデンティティを作り出す手段 – self-fashioning – として肖像画を分析している。一番インパクトがあるコントラストは、内科医と外科医のそれ。前者は内向的でやせた学者タイプとして、後者は太って男性的な活動家タイプとして描かれている。ついでにいうと、精神科医は、彼自分も危ない精神の持ち主に描かれている(笑)