薬用ミイラ

 今回新着の Social History of Medicine は面白い論文が目白押しである。この雑誌から三本目の文献紹介。初期近代の薬用ミイラについての論文を読む。文献は、Sugg, Richard, “’Good Physic but Bad Food’: Early Modern Attitudes to Medicinal Cannibalism and its Suppliers”, Social History of Medicine, 19(2006), 225-240.

 人体の一部を治療の目的で用いることは、過去においても現代においても存在する。美容などで使われるプラセンタ・エキスはビッグビジネスらしいし、「生き胆」を取ることは近代日本でもしばしば新聞で報じられているのを見たことがある。18世紀のロンドンで公開死刑の場に集まった人々の中には、処刑された死体の一部を民衆薬として手に入れようとしていたものもいた。カンポレージの本でもこの手の話しが書いてあったような記憶がある。

 こういう話はキワモノになりがちだが、最近の医学史研究では、キワモノ系の魅力は残しながらも(笑)、学問的なリサーチと分析を志向した仕事も目に付くようになった。特に重点的にリサーチされていて有名なのは初期近代に薬として流行したエジプトのミイラである。この論文が使っている枠組みは、人体、特にキリストの身体をめぐる宗教性、デカルト二元論に代表される身体の脱魔術化、パラケルスス医学の流行、宗教改革、薬物の商品化、そしてモンテーニュで有名な新大陸のカニバリズム。初期近代の医学史研究のオーソドックスなヒストリオグラフィを盛大に使うことができて、しかも妖しい魅力がある。 話題は吐き気を感じるものだが、研究としてはとても美味しい(笑)。