マラリア撲滅の国際政治学

 WHOが1955年から始めた無茶なマラリア撲滅計画を分析した優れた論文を読む。文献はPackard, R.M., “‘No Other Logical Choice’: Global Malaria Eradication and the Politics of International Health in the Post-War Era”, Parassitologia, 40(1998), 217-229.

 1955年にWHOは第八回の総会でマラリア撲滅計画を採択した。イタリア、セイロン、ベネズエラ、モーリシャスといった地域でDDT散布によりマラリアのコントロールは成功していたが、それと世界的な撲滅は全然違う話である。コントロールの成功にかかわった人間ほど、その難しさを知っていた。マラリアの撲滅が可能だと本気で思っている学者はいなかった。下手をするとこの計画は大惨事を引き起こすかもしれないと警告した専門家もいた。この計画の推進者からしてアフリカを除外して撲滅を考えていた。

 それにもかかわらずマラリア撲滅を唱えなければならなかった背景には、労働力を供給し市場となりうる第三世界の健康を確保することが先進国にとって必要であるという当時成立しつつあった「開発経済学」の影響、冷戦の構造化で西側先進諸国が熱帯の共産主義化防止のために住民を慰撫する必要があったこと、DDTの力への信頼と同時に昆虫が薬剤に耐性を見につける前に早期決戦で蚊を殲滅しなければならないというロジックなどが挙げられる。昆虫が薬剤耐性で武装する前に先制攻撃を仕掛けるなんて、まるでどこかの国の大統領みたいだ(笑)。

 例えばmploa さんなどは良く知っている学者だと思うけど、この著者は「できる」学者である。以前に読んだ結核の論文も素晴らしかった。