微生物の狩人

 出張の特急の中でポール・ド・クライフの『微生物の狩人』を読む。 岩波文庫から上下で訳が出ている。

 クライフの『微生物の狩人』は、昨今の医学史研究者の間では悪名高い古典である。若い医学史の研究者の間では、読んだことがある人より、読まないまま悪い本だと習った人の方が多いかもしれない。私は大昔に読んだが、当時はあまりに記憶に残っていないから、実質最初に読むようなものだった。

 確かに悪い本である。<すごく>悪い本である。正確に言うと、悪い史観に基づいて、あまりに見事に・美しく語られているので、この本を「悪い本」として特定する必要が、昨今のアカデミックな医学史にある。パスツールは派手好きの見栄坊として、コッホは対人恐怖の偏執狂として、メチニコフは野蛮人の空想家として、エールリヒはたまたま寄付がきてしまった葉巻中毒の妄想家として、それぞれの変人振りを思う存分発揮して、細菌学の大発見をすることになっている。例外的に人格が破綻していない研究者は二人ともクライフと同郷のアメリカ人であるのは、偶然の一致ではないと思う。

 正直言って面白すぎる。 この本は若い医学史の学徒には読むのを禁じるのが一番いい(笑)。