東京の下層社会

出張から帰る飛行機の中で紀田順一郎『東京の下層社会』(東京:ちくま学芸文庫、2000)を読む。

明治から昭和戦前期の東京を中心に、貧者弱者の悲惨な生活に光を当てたルポルタージュを広く渉猟し、達者にまとめた読みやすい書物。東京のスラム街の生活、陸軍の学校からの残飯に頼って生活していた細民たち、身売り同然に売られた娼婦たちや女工たちの姿が活写されている。この種の資料にも伝染病のことが書いてあるんじゃないかとは思っていたけれども、やはりコレラのこと、花柳病のこと、救貧医療のことなどが随所で触れられていた。なるほど、こんな資料から読んでいけばいいのか。色々な意味で最初の突破口を作ってくれる本に、研究のどの段階で出会うかで、研究の良し悪しというのは決まってくるのかもしれない。

議論としては、昔の惨状を描き、その背後にある貧困と社会的弱者に対する近代以降の日本人の意識の低さを嘆き、弱者切捨てと低福祉の現在にエコーを効かせるという手法。達者に書いてはいるけれども、余りに使い古された枠組みである。きょうび、こういう枠組みで本を一冊書ける「恵まれた」物書きはごく少ないと想像するけど、それに替わる人に訴える枠組みもないのかもしれない。