人種概念の政治思想史

 人種概念の政治思想史の大著に目を通す。文献はHannaford, Ivan, Race: The History of an Idea in the West, foreword by Bernard Crick (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 1996). 

 ブルーメンバッハとかワイスマンとか、生物学的な人種理論の歴史ならなんとなく見当がつくが、政治思想史の文脈での人種概念というのは全くの盲点だった。この大著は古典古代から中世・近代を経て現代までの人種の政治思想史の鋭い概説。古代や中世も面白そうだったけど、ゆっくり読む贅沢はできないので、とりあえず今の仕事に必要な近現代の部分だけ読む。歴史上の医者や生物学者だけでなく、英独仏の哲学者、歴史家、政治思想家などをカヴァーして、「国家の本質とは何か」「民族とは何か」という議論が、「人種」へと収斂していく課程が簡潔明瞭に描かれている。

 この著者は、不規則なキャリアを持ち、そのせいもあって陽が当たらない道を歩いてきた研究者で、長いことイギリスのある大学の事務に忙殺されていたという。彼が時折する学会報告の水準の高さに驚いた他の学者たちが、ケンブリッジやウッドロウ・ウィルソン・センターのフェローに推薦して、その時間を利用して書き上げたのが本書である。しかしこの書物の完成を見る前に彼は死んでしまった。(謝辞は別の人が書いている。)こういう事情を知るとついエモーショナルになってしまうが、それを差し引いても傑作だと思う。優生学や人種理論の科学史の研究者に、人種概念の政治思想史的なひろがりがどの程度知られているのか知らないが、少なくとも私にとっては、視界が一気に広がった書物だった。