中国開港場の<衛生>の歴史

 コレラの論文の関係で、話題の書物を読む。文献はRogaski, Ruth, Hygienic Modernity: Meanings of Health and Disease in Treaty-Port China (Berkeley: University of California Press, 2004).

 近代中国の医学・公衆衛生の医学史の本格的な研究書。1850年から1950年の間の天津に焦点を当てて、伝統的な中国の<衛生>の観念(guarding one’s life - 日本語だときっと<養生>というようなものだろう)が変化したありさまを記述した書物。個人のライフスタイルを調整して、個人の身体と環境との相互作用に円滑にして健やかな生命を営むことをめざす伝統的な「養生」から、文明化の基準であり、国力の源泉であり、民族主義の駆動力となるような近代的な「衛生」へと変わってきたというのが基本的なシナリオで、これ自体は、特に目新しいものではないと思うが、それを語る道具立てが洗練されている。洗練の理由というのは幾つもあるが、まず、租借地が複雑に入り組んだ開港場である天津を選んだこと。諸外国の帝国主義とのコンタクトが、具体的な公衆衛生政策や言説に結実するような場所を研究対象に設定したということが大きい。もう一つは、色々なジャンルの資料を、それぞれのジャンルの特殊性や背景に注意しながら使っていること。近代中国の医学史研究が、やっと欧米や植民地を対象にした医学史研究と高い水準でヒストリオグラフィを共有するようになったことを実感する。