コレラの発病率を調査して研究した論文を読む。文献は、原田四郎「虎列刺患者並ビニ其ノ保菌者ニ就テ」『金沢医学専門学校十全会雑誌』23(1921), 16-30.
コレラは感染しても発病するとは限らない。軽い下痢程度で済んだり、あるいは症状がほとんど出なかったりする。明らかなコレラの症状を出さないから本人も周りも気がつかないままで、長いと数週間程度にわたって排菌を続ける。元患者の排菌記録だと、90日という記録もあるそうだ。排菌している間は他の人間に感染させる危険がある。これは「キャリアー」と呼ばれて、発見された当時から公衆衛生上の中心問題の一つだった。アメリカの「チフスのメアリー」(Typhoid Mary) が有名で、私はまだ読んでいないが、科学論の実力者の金森修さんが書いた『病魔という悪の物語-チフスのメアリー』という書物が、日本語で読める。日本の公衆衛生でも、チフスのメアリーのような有名な個人のキャリアーには私は出会っていないが、保菌者の問題は政策とイメージの双方にとってきわめて重要だった。今回の論文でも、少し触れる。
この論文は、1920年(大正9年)の大阪の比較的小さなコレラ流行において、同一の世帯に属する患者と保菌者を研究したもの。患者がでた家庭の構成員を検便して検査して保菌者を探し出したもので、かなりコントロールされていて、疫学的に価値がある。その中で、かなりショックを受けたのが、男女の発病率の違いだった。患者と保菌者を合計して、男は72人、女は51人いるが、そのうち男の患者はちょうど半分の36人である。しかし女の患者は17人で、ちょうど三分の一、残りは保菌者である。保菌者と患者を合わせたものをこの医者は「侵襲を受けたもの」と呼んでいて、これを被爆者と言い換えられるとすると、確かに男のほうが多く被曝している。しかし、それと同時に、発病率が男と女でかなり違う。この知見は、日本のコレラの疫学研究にとって重要な意味合いがある。私たちが作ってきたデータベースだと、コレラ患者というのは常に男が多い。これを被曝の違いであると言い張って、オキュペーショナル・リスクだとか、何の根拠もないもっともらしいことを言ってきた医学史研究者がいたが(笑)、実は発病率も大きく貢献している可能性が高い。コレラの疫学が、かなり厄介な話になってきた。被曝すれば必ず発病する麻疹が恋しい(笑)。