地図と権力


 未読山から初期近代のヨーロッパの地図を知/権力の視点から分析した論文を読む。文献はHarley, J.R., “Silences and Secrecy: the Hidden Agenda of Cartography in Early Modern Europe”, Imago Mundi 40 (1988): 57-76

 地図における「沈黙」という概念をキーにして、地図を公表しないとはどういうことか、地図に何かを書きこまないとはどういうことか、という重要なテーマを、初期近代のヨーロッパの地図を主題にして考察した論文。当時としては(20年前の論文である)斬新だったにちがいないフーコーの概念装置を用いて書かれている。地図という知識の産物は権力と不可分に結びついていたという方向で議論が展開される。「沈黙」を対象にして何かを論じるということは、ものすごく難しいことだが、この論文は明確で説得力がある事例を集めている。16・17世紀のモスクワ公国やプロシアなどは地図を秘密にしていたが、同時代のイギリスやフランスは、国土を統一した強力な王権の象徴として国土の地図を積極的に公開したこと、同じイギリスでもドレイクが周航して作ったアメリカの地図は長いこと極秘文書だったこと、国家と貿易にとって有用な技術者となった航海士、測量学者、地図学者たちは、技術や情報を他国に売っていたことなど、私が始めて聞く話ばかりで面白かった。

 防疫や公衆衛生にとって、地図を用いたり地名を特定したりして、流行病を空間的にプロットすることの意味を考えているが、かなり参考になった。

 図版はこの論文も論じている17世紀初頭のヴァージニアの地図。イギリスの地図と同じ表現方法で作られたこの地図は、森や川や丘や村など、イギリスのような風景を提示し、既に開拓が進んでいる土地として植民者に魅力的なイメージを与えている。イギリスに同化させた表象は、タイトル・スクロールの下に置かれた王家の紋章とあいまって、この土地をイギリスが領有するメッセージを発している。描き込まれた先住民の姿は、ヨーロッパの想像力の伝統の中の「エキゾチック」な姿に見えるように加工されているらしい。