オートポイエーシスの練習問題

ご恵与頂いた書物が平易そうだったので、喜んで読む。文献は河本英夫『哲学、脳をゆさぶる-オートポイエーシスの練習問題』(東京:日経BP社、2007)。

 生命論やシステム論やオートポイエーシス論などがご専門の先輩や友人たちに恵まれているわりに、その方面の勉強は遅々として進んでいないが、斯界の権威の河本先生から頂いた書物を読んでみたら、これがとても楽しい。日常の何気ないことから哲学的な問題を取り出して分かりやする料理する豪腕が冴えている。ぶっきらぼうなユーモアも味がある。私が好きだったのは冒頭に近い、以下のくだりである。

「人間の感性や思考回路は、言語によって大幅に制約されている。そのため、まず言語を比ゆ的に活用することを考えてみる。 一つは、まぎれもなく充足した経験を、ともかく否定するのである。冬から春になってだいぶ暖かくなり、心地よい乾いた空気と緩い南風のなかで、命の息吹を感じ取り、少しばかり浮き浮きしてくる。そんなときにあえて言葉にして、「春は嫌いだ」と言ってみる。ともかくあえて言ってみるのである。そうするとそこに奇妙な躊躇が生まれる。あるいは心に隙間が生まれる。この躊躇の中で、なにが出てくるのかをじっと待つのである。同じようにイケメン男をみつけたら、直ちに「イケメン」と言葉で形容したくなる。言葉を当てると現実はずっと安定してしまう。そして、その言葉のほうに向けて、感情の動きもはっきりした方向をもってしまう。こうなればその後は、心の動きはワンパターンである。そこで良い男を見たら、あえて「ブ男」と心の中で小さく言ってみるのである。ただし、声に出してはいけない。なにやら奇妙な感じが残る。この奇妙な感じは、通常心の中に生じないのだから、ともかくその奇妙な感じが出るように言葉を当ててみる。」 

 春先の発売に合わせて春の例を出したのもそうだが、後者のブ男の例の選び方も細かいところであざとい(笑)。六本木ヒルズを闊歩するイケメンに向かって心の中で「ブ男」と言ってみることで、自分の創造性が解放されて日常を越える独創性を発揮できますよと説いている本で、自己啓発志向とプライドが高いインテリ女性たちを良い気分にさせないわけがない。ここがあまりによくできているので、私はつい、河本先生の元の原稿では「美人をみたらあえて<ブス!>と小声で言ってみるのである」だったのだけれども、編集のチェックが入ったのだろうか・・・と想像している(笑)。