エジプトの老年医学


 古代エジプト医学についての一般向けの書物を読む。文献はHalioua, Brno and Bernard Ziskind, Medicine in the Days of the Pharaohs, translated by M.B. DeBevoise, foreward by Donald B. Redford (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 2005).

 かつての欧米の医者は、医学が長い歴史を持っていることを強調したがる傾向があった。「最新」であることを強調したがる現代の日本の医者たちとは正反対のセンスである。このような「古さ」を通じてプレスティージを上げようとしている医者たちの願いが、19世紀から20世紀前半の医学史研究を下支えしていたようである。そして、ある病気なり医学的なテクニックなりが長い歴史を持っていることを言いたい時には、エジプトの古いパピルスにかくかくの仕方で現れるという形で「証明」されるのが一つのお約束であった。たくさんの「医学的な」パピルスがあるそうだけれども、その中でも「エーベルス・パピルス」と呼ばれる100ページ以上、長さで言うと20メートルほどあるパピルスは、紀元前1500年くらいに書かれた薬物と治療を中心にした医学的な記録で、人類の歴史の中で最も古いまとまった医学文書として知られている。ウェッブを検索してみたら、日本語のサイトでも「エーベルス・パピルス」で検索するとわりとよくヒットして、「アロエは昔から使われていた」「フェネルは昔から使われていた」「痔は昔からあった」ということなどを論ずる時にエーベルス・パピルスを引くのがお約束になっている。ある特定の医学的な主題の長い連続を太古の昔まで辿るというスタイルは、現代の医学史研究ではあまり使われることがない手法だが、こういうことは知っておいて害にはならない。

 前置きが長くなったが、エジプト医学における「老いと医学」に一言触れられるかなと思って本書を調べた。自らが老いて身体が思うようにならないことに対する詳細な嘆きも面白かったけど、エーベルス・パピルスには若返り美容医学のレシピがたくさん挙げられていることを知る。「肌を変える方法」、「外側の肉を開く方法」(これ、よく分からない)、「顔のしわを伸ばす方法」などなど、たくさんの美肌法が挙げられているそうだ。「肌を美しくする方法:石膏の粉末、ソーダ石の粉末、海水の塩、蜂蜜、これを混ぜて一つにし、肌に塗るとよい」

 この書物は、お医者さんたちが忙しい余暇に楽しんで読むことができるような、美麗な洒落た本である。正確で分かりやすい記述に、目に美しく解読して楽しい図版。たっぷり盛られた古代エジプトのエキゾティシズムがロマンと冒険心をくすぐり、ツタンカーメンに熱狂した少年時代がよみがえる。学術出版社とは思えないほどのあざとさである。 

画像は紀元前2300年頃のエジプトのマッサージ。片方は足裏マッサージなのだろうか?