1950年代アメリカの健康行動調査

 1940年代から50年代にかけてアメリカの小都市で行われた健康行動調査の報告を読む。文献はKoos, Earl Lomon, The Health of Regionville: What the People Thought and Did about It (New York: Columbia University Press, 1954).

 昭和13年(1938年)の東京で行われた大規模な健康調査(健康行動調査と言ったほうが正確だろう)の資料がほぼそのまま揃っているのを見つけてから、断続的に仕事をしている。その関係で、1946年から1950年にかけて、4年間にわたって実施された健康行動調査を読んだ。ニューヨーク州の丘陵地帯―きっと pasturedogs さんが犬ぞりの訓練をしているあたりだと思います―の、Regionville という架空名を与えられた小都市で、約500世帯2200人を4年間にわたって調査した結果である。東京の健康調査とは方法も期間も違うから単純に較べられないが、ヒントが満載。過去の健康調査は、医学史家たちによっても、医療・公衆衛生関係者たちによっても、もっと利用されていい。

 これだけ自分の研究と近いマテリアルだと面白いポイントは星の数ほどあるが、一つだけ紹介する。カイロプラクティックの問題である。

 この研究の出発点である仮説は、健康行動は社会階級によって大きく変わるということであり、それを示す例が沢山挙げられているが、その中でも面白いのが非正規医療者である。Regionville (以下R)において、一年間で報告された病気のエピソードのうち約20%は、何らかのかたちで非正規の医療者による治療を含むものであった。特に重要なのはRに一人いたカイロプラクティック(CP)の施術者であった。このカイロプラクティショナーに対する評価ほど、社会階級による違いが激しかったものはない。「どんな病気でもCPに診てもらうだろう」と答えたのは最上位のクラスI で2.2%, 最下位のクラスIII だと57.8%, 逆に「どんな病気であってもCPには診てもらわない」と答えたのはクラスI だと60.9% だったのに対して、クラスIIIだと8.6% であった。教育があり収入が高い最上位のクラスは、CPの「専門」である腰痛や筋肉痛に対しても、極めて否定的であり、一方最下位のクラスは、CPの専門領域を超えて病気一般の治療者として評価し利用する傾向が顕著であった。

 著者は、なぜこうなったのかということを色々と考察している。まず価格はあまり影響を及ぼしていないという。CPは正規の医者にかかるより若干安かったが、価格を理由にあげた被調査者は少なかった。CPの顧客(主にクラスIII)が、CPにかかる理由として挙げているのは「CPは病気の本当の理由を知っている」というもので、CPに行かないもの(主にクラスI)たちが挙げている「彼は何についての知識もろくに持っていないから」というのと対照的である。さらに、CPの顧客は面白いことを行っていて、「CPは正規の医者よりも時間をかけてくれるから」「あなたが彼(CP)にとって重要だという気分にさせてくれるから」という理由が上位にならぶ。治療者-患者関係に時間を投資して成功しているCPの姿が浮かび上がってくる。それと同時に、正規の医者に行かない理由としては、「正規の医者が患者に対して取る態度が嫌いだから」というものも並ぶ。これは、この時代の医者が総じて耐え難いほど傲慢だったというわけではない。階級的な意識で説明するのも、部分的にしか説明していないような気がする。あるCPに行かなかった女性が描いている、正規の医者がCPに対して取った態度が、ヒントになる。

「私も背中が痛かったので、CPに行ったらいいだろうかと、私の医者に聞いてみました。そうしたら、何てことでしょう!まるで私が先生を侮辱したかのように怒りだしたのです。先生がおっしゃったことは、人前では使えないような汚い言葉でした。」

まさに「逆鱗に触れた」という表現がぴったりの反応である。1940年代の正規の医者は、腰痛だとかそういう問題について、ポジティヴな知識も有効な治療法も持っていなかった。慢性的な腰痛を訴えて繰り返しやってくる患者は、彼がどうすることもできない、結果的に彼のプライドを傷つける患者であった。患者のほうでも、そのような医者に満足していなかった。治療が成功すれば、医者-患者関係には深刻な危機は訪れないのが普通である。治療が成功しなかった時に良好な医者-患者関係を維持するためには、サービスに満足するかどうかを超えた両者の信頼関係というか社会的連帯が必要になる。上層の社会層に属する患者は、医者との信用・連帯が強く、医者の態度を大目に見たのに対し、下層の患者にとっては、彼は治療することができず、苛々と怒鳴り散らす医者だった。 

 しかし、<オールタナティヴな医療>が、社会階層が低い人たちに人気があったというのは、面白かった。現在の日本では、その反対のような印象を持っているけれども。realmedicine さん、アメリカではいかがですか?