デモノロジーの歴史

 デモノロジー(悪魔学)の研究書を読む。文献は、Boureau, Alain, Satan the Heretic: The Birth of Demonology in the Medi eval  West, trans. By Teresa Lavender Fagan (Chicago: The University of Chicago Press, 2006).

 悪魔学の歴史の研究書で話題になったものには目を通すことにしている。この本は、読み始めてすぐに驚愕したほど示唆と洞察に富んだ書物である。私は寡聞にして始めてこの著者の仕事を読むが、フランスの偉い中世思想史の研究者とのこと。まあ、フランスの偉い学者が書く本だから、「フランス病」にかかりまくっていて、<もう少し分かりやすく整理して書いてくれませんか・・?>といいたくなることは百回くらいあり、<ギリシア語をもとにしてあなたが作った新造語を、定義と説明をしないままキー・コンセプトとして使うのを止めていただけないでしょうか・・・?>と五十回くらい思ったけれども、この学者は、我慢して丹念に議論を追うに値するほど重要で独創的なことを考えている。 

 書物全体のテーゼとしては、13世紀半ばから14世紀にかけて、スコラ哲学の中で位置づけられている悪魔の脅威が高まり、それが16世紀の魔女狩りを支えた本格的な悪魔学の前提になった、というものである。これが正しいかどうかは私には判断できないし、正しかったとしても、それは魔女狩りという現象の真の核心を突いた洞察ではない。

 この書物が本当に魅力的なのは、魔女狩り研究への貢献ではなく、悪魔学を位置づける時の視点である。特に、狭い意味での悪魔の位置づけを離れて、<人格>概念まで話を広げたところである。悪魔がこの世界に介入できるかどうかという、現代的な視点で問いを立てるのではなく、悪魔と人間の関係はどのように関係を結ぶのかという問いを立てたところがいい。 そして、憑依という現象にせよ、13世紀に流行った宗教的な「幻視」体験にせよ、夢にせよ、夢遊病にせよ、それは人間の人格に、何か別のものが入り込む<すき>があるということを前提にしている。憑依なり神秘体験なりを説明するために、その現象を織り込んで人格概念が作られるというのだ。この、さまざまなヴァウネラビリティと透過性をもつ人格概念が、14世紀のスコラ学がたどりついた人間学であった。

 極端な言い方をすると、スコラ学者たちが持つようになった人格概念にあわせて、村の娘たちが行動するようになった、と言っている書物である。この洞察は、もちろん異論もあるだろうが、とても魅力的である。モダニズムの時代に催眠術や異常心理現象が人々の想像力を捉え、また催眠術にかかる人が「増加する」が、この歴史的な現象も、こう捉えるときっと面白い。そして、何が、思想としての人格概念から、人々の行動への「転移」を可能にしたかと問うことは、モダニズム研究にとって、本質的な問いになるだろう。 

他にもエスカトロジーの話とか、ヒントが満載。久しぶりに知的に興奮した書物。