三菱銀行強盗篭城殺人事件

 これまた必要があって、1979年1月に起きた大阪の三菱銀行猟銃強盗殺人事件の書物を読む。これも類書が沢山あるのだろうけれども、適当にアマゾンの書評を眺めて、「幻冬舎アウトロー文庫」から出ている、毎日新聞社会部編集の『破滅 梅川昭美の三十年』を選んで読んだ。

 三菱銀行の北畠支店の銀行強盗が、殺人と人質を取っての監禁に発展した事件である。血の海の中に撃たれた犠牲者が横たわるなか、女子行員を全裸にし、人質に命じて、撃たれた重傷者の耳をナイフで切り落とさせるなど、凄惨な事件に発展した。当時中学生だった私はこの事件のことを、比較的よく覚えている。「映画みたいだ」という月並みな感想を持った記憶がある。アル・パチーノ主演の『狼たちの午後』などが思い起こされたのであろう。

 欲しかった情報は、犯人と『ソドム百二十日』の関係。梅川が大藪春彦の一連の小説を愛読して、大なり小なり影響を受けたのは有名であるが、『ソドム百二十日』の果たした役割も小さくない。昭和51年頃に梅川はパゾリーニ監督の映画『ソドムの市』(原題は『サロ あるいはソドム百二十日』)を観て、知人に内容を興奮して話していたという。同映画は、大阪ではミナミの「南街シネマ」とキタの「ニューOS」で封切られ、梅川はおそらく前者で見たのだろうと推測されている。そして、人質に同僚の耳を切らせる凶行の頂点にいたるまえに、梅川は「お前ら、ソドムの市を知っとるか」と人質に問い、「この世の生き地獄のことや。その極致を見せたる」と言っている。

 むろん、梅川は最初からサドのソドムのような凶行をするつもりではなく、現金を奪って逃走するつもりが、計算が狂って行きがかりで監禁籠城に入ったのである。毎日新聞編集部は、梅川が追い詰められて死を覚悟した時に、映画で観た『ソドムの市』を想起したのではないかと推察している。 「力とか富とは無縁のうちに貧しい三十年の生を送ってきた梅川の脳裏に、その瞬間よみがえったのが、かつて陶酔した『ソドムの市』のあの絶対権力者の姿と、悪魔的なシーンだったとしても不思議はない。机やロッカーでバリケードを築いた店内は、だれも手の出せぬ彼の帝国であり、人質は権力者が思うがままに操れる犠牲(いけにえ)である。」 ・・・いかにも新聞記者が書きそうなことだけれども・・・まあいいや。 

 一晩に二冊も凶悪犯罪のルポルタージュを読んだので、さすがに文字通り心胆が冷え冷えとしたような感じで気分が悪い。熱い風呂に浸かってワーグナーでも聴いて寝よう。