19世紀のシェフィールドを題材にとって、地理的環境と社会階級の二つの要因が健康状態に影響を与えたメカニズムを分析した論文を読み返す。文献は Williams, Naomi, “Death in Its Season: Class, Environment, and the Mortality of Infants in Nineteenth-Century Shefield”, Social History of Medicine, 1992, 71-94.
居住している地域の衛生環境が劣悪だと、健康状態に悪影響を与える。19世紀だと、汚水や汚物の処理が滞り、それらが飲料水や生活用水に混じってしまうような地区では、乳児は下痢を起こして死亡率が上がる。水辺の低湿地に特徴的で、東京だと深川あたりがこれにあたる。こういう土地に住んでいれば、大金持ちでも不健康になる。 しかし、こういう土地にはしばしば低所得者が住む。 そして、所得が低いことも、栄養状態が悪いとか、そういういった理由で、健康状態に悪影響を与える。 すると、劣悪な環境が悪いのか、低い所得が悪いのか、どちらがより強く作用して健康状態が悪くなったのか分からなくなってしまう。
この論文の見せ所は、地理と階級の二つの要因を別々に分析することを可能にする資料と方法を発見したことである。それによれば、シェフィールドの乳児死亡率は地理と明確な関係がある。川沿いの低湿地では死亡率が高い。(上の図)そして階級・所得によって乳児死亡率はもちろん違い、専門職より労働者階級において乳児死亡率は高く、労働者階級の中でも熟練よりも非熟練の家庭のほうがIMRが高い。それなら、環境が悪い低地に住む専門職や熟練工、環境が良い高燥地に住む所得が低い非熟練の労働者たちは、どうなるのだろうか? たとえると、はきだめのツルと、清流のドブネズミが、どこまですがすがしいのか調べてみようということである。この論文によれば、下図のようになる。川沿いに住む熟練工のほうが、それ以外の地域の非熟練工よりも、IMRが高い。 さきほどのたとえを使うと、はきだめのツルはやはりはきだめに汚染されるというわけである。 総じて、階級・所得の作用よりも環境要因の作用のほうが大きいことが見て取れる。
確かに重箱の隅をつつくような・・・という印象を持つ人が多いだろうことは認める。 しかし、ここには、身体の周りにあって個人の所得に応じてコントロールすることができるミクロな環境と、個人ではどうにもできないマクロな環境が、それぞれ健康状態に影響を与える層状のメカニズムはどうなっているのだろう、どのようなパターンで変わってきたのだろうという、私がずっと気になっている大きな問題を考えるための一つの大きな鍵がある。