今から四十年近く前に、江戸の絵画についての斬新な解釈を出した書物とのこと。当時のアカデミックな日本美術史であまり知られていなかった作家たちの作品を発掘して紹介している。残念なことに図版の殆どが白黒だが、解説は臨場感にあふれ、どの作品も、オリジナルを見たい、少なくともカラーで見たいと思わせる筆致で分析されている。
岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳が取り上げられていて、私はどの作家についても何の知識もなかったのだが、やはり著者の専門である岩佐又兵衛の絵巻物、「山中常盤」「上瑠璃」などの分析が一番迫力があって読み応えがあった。唐竹割りに真っ二つにされた肉体が作るグロテスクなフォルム、「官能を直接ゆさぶるような生々しい卑俗さ」「ぬらぬらと竹の幹にまといつき、何やら爬虫類めいた妖気を漂わせている [ トラ ]」、「菊を賞でる高貴の女性たちの顔になんとも淫蕩な表情が隠されている」「多分にアンダー・グラウンドの色彩を帯びた」「騒々しく猥雑な一幕のファルス」「暗い情念のぬめり」のように形容される絵画の美術史的な分析である。
そして、歴史学者にとって一番はっとしたのは、これらの特徴が、血とセックスの匂いがする乱行で有名な越前の松平忠直(私は読んだことがないが、菊池寛が小説にしているそうである)に又兵衛が仕えていた時期に発展させられたものだという指摘である。忠直卿の城は、マルキ・ド・サドの城だったのだろうか?