乱歩と東京

東京のモダニズムの入門的な勉強が続く。文献は、松山巌『乱歩と東京 1920都市の貌』(ちくま学芸文庫、1994)

 江戸川乱歩の小説を、モダニズム都市としての東京と、そこに生きる人々の不安から読み解くといった感じの文芸評論。私の乱歩についての知識は恥ずかしいほど乏しくて、何冊かの本を除けば子供時代に少し読んだ少年探偵団ものと、天知茂明智小五郎を演じた土曜サスペンス劇場以外に、乱歩に接したことは殆どない。(ここから A Brain Hospital in Modernist Tokyo までの道はかなり遠い・・・嘆息)教え上手な人に自分が知らないことを教えてもらうのは大好きだから(笑)、乱歩と東京学の入門書としてとても面白く読んだ。

 新しい文化住宅(大阪でいうブンカとは違うと思う)とプライヴァシーの不安、金融恐慌に象徴される貨幣についての不安、核家族化が進行する中での結婚と性についての不安、ショーウィンドウに象徴されるような視覚刺激の洪水についての不安など、モダニズムの主要テーマ集のようになっていて、どれも面白いが、私が一番面白かったのは、「二笑亭」という深川に作られた個人住宅であった。牢獄のような構造、途中で終わっているはしご、外を覗くために羽目板に開けられた九つの穴・・・ 病的と言っていい奇想を凝らした実在の住宅である。実際、この家の主人は禁治産(いまでいう成人後見)となり、精神病院に収容されたという。この住宅に関するほぼ唯一の資料は、精神科医の式場隆三郎が『二笑亭奇譚』として昭和14年に出版したもので、現在でも入手できるというから、読んでみよう。

 日本の精神医療建築の最大の特徴は、なんといっても私宅に作られた監置用の座敷牢である。しかも、それは市役所や村役場の許可がないと作れない。家族が団欒をする居間に、役所の許可のもとで作られた頑丈な檻がしつらえられていて、そこに気が違ったお父さんとかが発作を起しているんですよ、あなた・・・ (笑) 精神医学史は奇譚に満ちているけれども、私はこの風景はシュールレアル度 No.1 だと思う。