ヨーロッパ精神医学施設回覧報告書


 必要があって、イギリスの精神医学者が1937年のヨーロッパの精神医学施設を回覧した記録を読む。文献は、Lewis, Aubrey, European Psychiatry on the Eve of War: Aubrey Lewis, the Maudsley Hospital and the Rockefeller Foundation in the 1930s, edited and introduction by Katherine Angel, Adgar Jones and Michael Neve, Medical History, Supplement No.22(2003).

 ルイスはロンドン郊外に作られた精神医学の新型の治療・研究施設であるモーズリー病院の医師。1937年にヨーロッパ諸国の精神医学施設を回覧した。(ナチズムが台頭していたドイツや、スペイン、バルカン諸国などを回っていない。) イタリアだけで8つの都市を回っているので、全部で50以上の都市の精神医学施設を回っているだろう。それぞれについて、ルイスの印象や、そこのスタッフなどと話したりした内容などが記した報告書である。 

 この報告書は、アメリカのロックフェラー財団が、医学の他の分野に較べて「遅れたいた」精神医学を大改革しようとして行った援助の一環である。ロックフェラーが第二次世界大戦以前の世界の医療に与えた影響ははかりしれないほど大きい。(今でも、東大や慶應やロンドン大学などの医学校に行くとロックフェラーの影響を実感できる。)その巨大な資金をもって、1930年代には精神医療を大改革しようという動きがロックフェラーにあった。そのためにルイスに現状を調査させたのである。焦点は患者や臨床というより研究と組織化であって、それまで孤立した精神病院の中で営まれていた精神医療を、実験室やソーシャル・ワーカーなどを使って、基礎科学と社会に開かれたものに改造しようとしていた。 

 ルイスの評価は総じて簡潔だが鋭い。一番面白かったというか、記憶に残ってしまったエピソードが、電気ショック療法で有名なローマのチェルレッティ(当時はインシュリンを研究していたという)について、「彼は自分の患者の臨床的な状態を認識することができないらしい。ある若い男がインシュリンの後で<治癒した>と言って見せてくれたが、その男は解離性のパラノイア性分裂病であることは明白であり、私が後から少し話したら幻覚と妄想に捉われていることが分った」と記されていることである。ドイツからきたカリノウスキーは同じ教室の助手だったか、彼が精神医学が分っているので、欠陥が補われているということが、ごく短時間の訪問者にもばれてしまうほどだった。 この時期の精神医学は、この程度の基礎力しかなくても、年表に載るような大発見ができるの時代だったということだろう。 よきにつけあしきにつけ、「とにかく痙攣を起こせばいい」というように、精神病の治療を極度に単純化して捉える「革命」へと向かっていた。 

 画像はロボトミーの様子。