地下都市の文化史


 必要があって、「地下都市」の文化史の話題の研究書を読む。文献は、Pike, David L., Subterranean Cities: the World Beneath Paris and London 1800-1945 (Ithaca, New York: Cornell University Press, 2005). 東京の地下鉄サリン事件と、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』もちょっと言及されている。

 19世紀の後半の大都市は、その構造を地下へと拡大した。地下鉄や下水道といった、それなしに現代の大都市を考えることが不可能な都市インフラは、いずれも19世紀の後半に登場したものである。これによって、ロンドンやパリ(そして他の大都市)は、地上の世界と地下の世界の二つの「垂直的」に積み重なった階層を持つことになる。(東京が埼玉まで電車でし尿を運んで捨てていた「水平的」処理とは対照的である。)この垂直的な階層をめぐって、豊かな概念化と想像力が花開いた。明るい世界と暗い世界、清潔な世界と不潔な世界の対比を持つと同時に、合理性と利便性のロジックが地下にも及ぼされることを意味した。そしてこの書物が何よりも重視しているのは、地下の世界の両義性である。アエネアスやダンテの冥界下りが象徴するように、地下世界に降りていけば、地上では知りえない、社会についての真実や人間性の本質を知ることができるという主題は人々を魅了した。地下の構造を持つことによって、資本主義が進行する19世紀後半の都市の文化に豊穣な主題が付け加わったという。ロンドンとパリの面白いマテリアルが満載で、分析は鋭い。

 図は本書より。19世紀パリの下水道水道バスツアー。臭いはほとんどなく、ご婦人方にも大変な人気があったそうだ。