コレラと尾崎紅葉


必要があって尾崎紅葉の『青葡萄』を読む。明治28年に『読売新聞』に連載された、コレラに題材をとった小説。もっと立派なエディションもあると思うけれど、『明治の文学 第六巻 尾崎紅葉』(東京:筑摩書房、2001) で読んだ。

 私生活に題材を取った小説だそうである。コレラが流行る東京で、小説家である「紅葉先生」の書生の一人である「西木」が、吐しゃをして苦しみ始める。誰もが「コレラ・・・?」と思うが、これは腸カタルに違いないと希望的な観測をして病名は口に出さない。医者は次々と三人呼ばれるが、コレラなのか、類似コレラなのか、あるいはコレラに変症する可能性がある下痢なのか、誰もが確定的な診断を下すことはできないが、検疫医が、大事をとって患者を避病院に送ったほうがいいだろうと判断する。

 一方で患者は、憑かれたように氷を欲しがり、先生に迷惑をかけたことをくどくどと詫び、「先生、何卒早く病院に送って下さいまし」と自己犠牲の精神を示す。紅葉先生は、患者の病状や表情の変化、立ち上がって厠に行く時の一挙一動に、諦めたり希望を持ったり哀れがったりしている。結局、患者が避病院に送られる(自費療養で、公費よりもはるかに待遇がいい)ところでこの小説は終わっている。実はこの続きも書きたかったらしいけれども。

 コレラという病気の特徴を上手く使った小説で、急性疾患でみるみるうちに病状が変わること、医師の判断が患者の命運を握っている法定伝染病であったこと、そして草の根の臨床レヴェルでは診断基準が曖昧だったこと、などの条件を使って、アクションとスリルが満載の傑作に仕立てられている。 そのまま映画になりそうな気がする。  

 画像は明治12年の、コレラ予防のために、食べるもの、避けるべきものの番付集。 ひらめを食べ、すだこを避けるといいとのこと。 題名の「青葡萄」は、当時コレラの原因になると考えられていた「未熟の果物」の一つ。