コレラ仮面劇


 1832年、パリが政治不安とコレラの双方に襲われている時に起きたお祭り騒ぎを描いた一節を持つ小説を読む。文献は、フランスの小説家のウージェーヌ・シュー (Eugène Sue, 1804-57)の『さまよえるユダヤ人』(Le juif errant, 1844-45) で、検索したら、グーテンベルクに英訳があったので、大喜びで読む。この10巻本の小説を全部読むことはもちろんできないので、「コレラのマスカレード」と題された章とその周辺の部分だけ読んだ。

 ボッカッチョのペストの昔から、疫病の大流行は恐ろしいものである反面、楽しいものでもあった。人々は疫病の恐怖に直面すると、色々な理由でお祭り騒ぎをした。真面目な歴史家は現実逃避だとか狂乱だとか言うけれども、大きな音で疫病を追い払うとか、それなりに「予防的な機能」もあった。シューが描くパリ市民のお祭り騒ぎも、疫病を恐れすぎたり悲しみすぎたりすると、(体液が悪化して)コレラに罹りやすくなるから、務めて元気に明るくするようにという当局の指導のパロディのようなものである。コレラの仮面劇は、ラッパの響きの前触れで登場し、賑々しい音楽に乗って、パリの街の端からノートルダムまで行進してそこで宴会を張る、パレードでありショーのようなものであった。 「酒」「悦び」「愛」「遊び」などを表す派手な仮装をしたキャラクターたちが、コレラ患者のような扮装をした「コレラ」をあざけりながら、人生を楽しもう、陽気になろうと、人々に呼びかけるという趣向である。パリの貴族たちが言い出し、学生などが賛成して行われたという。当時のパリはコレラ流行下で、埋葬が間に合わなくて街路に死体が溢れ、死体を積んだ荷車が行き交っていたことを考えると、とても不思議な光景である。全体の雰囲気としては、感染症が蔓延する難民キャンプで、ディズニーのパレードが行われているのを想像するといいのかもしれない。

画像は「コレラよけ」の薬草を携行して歩く婦人の風刺。