高齢者の医療支出


 必要があって、1928年から31年にかけて行われた健康調査の報告書を読む。文献はFalk, Isidore S., Margaret C. Klem and Nathan Sinai, The Incidence of Illness and the Receipt and Costs of Medical Care among Representative Families (Chicago: The University of Chicago Press, 1933; rept. New York: Arno Press, 1976).

 健康調査・受療行動調査の歴史というのは面白いテーマだけれども、日本はもとより諸外国でもまとまった研究はない。この文献は、初期の健康調査の中で、おそらく最も大規模で緻密なものの一つだろう。アメリカの全土から130の調査地域を選び、その中から合計で一万一千以上の世帯を選んで、その世帯の疾病と受療行動を一年間、日記と看護婦による訪問形式で調査した膨大なもの。私がここ数年仕事をしている、日本で同じ時期に同じ方法で行われた東京の滝野川健康調査(一つの地域で約350世帯)が、途轍もなくちっぽけなものに見える。

 グラフや表の一つ一つを興奮しながら読んだ。「狂喜しながら」読んだと言ってもいいかもしれない。狂喜したグラフの一つが上の図表で、所得階層別・年齢ごとの医療費の支出を表している。所得が多い世帯ほど、総じて医療費の支出が多いのは当たり前だけれども、ポイントは、一番上の超リッチな世帯の、激しく乱高下しているグラフは別にして、所得に応じて年齢ごとの支出のパターンが変わっていること。富裕な階層の支出は、高齢になるほど支出が多くなる右上がりになっているが、低所得層では、高齢者でも医療支出があまり上昇しておらず、平坦なグラフになっている。所得が高くなると、加齢に伴う生物学的な身体の脆弱性が、医療費に反映されるようになるが、低所得層ではこの効果は見られないということである。

 ちなみに、1938年の日本のデータで計算してみると、合計ではもちろんのこと、所得が上の階層でも高齢になるほど医療支出が上がる傾向は出てこない。