映画『黒いこうのとり』




20世紀初頭アメリカの障害を持った新生児の安楽死についての研究書を読む。文献は、Pernick, Martin S., The Black Stork: Eugenics and the Death of “Defective” Babies in American Medicine and Motion Pictures since 1915 (Oxford: Oxford University Press, 1996).

 1915年の11月12日に、シカゴのドイツ=アメリカ病院 (German-American Hospital) で、アン・ボリンジャーが、障害を持つ男の子を出産した。この赤ちゃんのX線写真は、体内の重度の障害を明らかにし、病院の院長で外科医のハリー・ハイゼルデン(Harry J. Haiselden)は、生命を救う手術をすることは可能だが、重い障害が残ることを理由に、母親の同意のもと、その赤ちゃんを死に至らしめた。ハイゼルデンはこれをきっかけに、類似の例を数多く経験していることを告白し、救命できても障害が残る場合には、施術せずに安楽死を選ぶべきだという論陣を張った。当然のごとく、この優生学的な安楽死の擁護に対しては、賛否両論がうずまいた。

このボリンジャー事件を特別なものにしているのは、アメリカで最初の安楽死論争というだけでなく、当事者のハイゼルデンが、目立ちたがり・・・じゃない・・・そう、メディアへのコミットメントが強く(笑)、新聞や雑誌のインタヴューだけではなく、障害を持つ赤ちゃんの安楽死を訴える映画を製作し、主演級の役どころで出演していることである。1916年に『黒いこうのとり』(Black Stork) というタイトルで公開され、1927年にもタイトルを換えてリメイクされた映画がそれである。一本だけ再現可能なフィルムが残されていたそうである。

映画のストーリーは、遺伝的に劣った素質を持つ結婚から障害児が産まれ、医者は看護婦が手術用の白いコートを着せようとするのを拒んで、安楽死させることを決意する。ショックを受けていた母親に、神が訪れて、この子供が将来大きくなると、いじめられ、不良になり、犯罪者となる将来が待っているという将来を見せてくれる。母親は安楽死を決意すると、ベッドサイドで待っている神の手の中に、赤ちゃんの魂が飛び込んでいき、これは神が祝福する結果であることが強調される、というものである。 

画像はこの映画からのカット、X線写真と映画の広告。