初期近代科学における出版の意味

目を通すのを忘れていた新着雑誌から、ロバート・ボイルのテキストを題材に、科学の書物を出版することの意味を問い直した論文を読む。文献はKnight, Harriet and Michael Hunter, “Robert Boyle’s Memoirs for the Natural History of Human Blood: Print, Manuscript and the Impact of Baconianism in Seven-teenth-Century Medical Science”, Medical History, 51(2007), 145-164. ボイル研究は、この30年間で最も目覚しい成果を上げて、初期近代の科学史研究を牽引するような洞察を生んできた領域であるが、その第一人者が、著者の一人のマイケル・ハンターである。細部の把握といい、洞察の冴えといい、読んでいると幸福になるようなスカラーシップだった。

 ボイルの法則で有名なイギリスの化学者、ロバート・ボイルには『人間の血液に関する自然史覚書き』(1684)という著作がある。私はもちろん読んだことはないが、この書物は傑出した科学者であったボイルの著作の中では、高い評価を与えられていない。出版当時の研究に追いついていないだけでなく、体系的でなく、理論的な深さにも欠けているという。ハンターたちによれば、この欠点とみなされる性格こそ、ボイルと初期近代科学の「ツボ」であるという。(・・・なんて大胆な論立てなんだろう・・・) 

 ボイルが1684年の著作で掲載した血液に関する実験は、1660年代にオクスフォードやロンドンの科学者たちと共同しながら行ったもので、その後ボイルは気体の化学に関心を移し、血液の研究は長いこと中断されていた。1680年代に20年ぶりで医学への興味を復活させたボイルが、はるか以前の草稿を探し出してまとめたのが、84年に出版された書物の実体であった。この著作が当時の血液のリサーチにキャッチアップしていないのは、そういう事情があるからである。ボイルは、もちろん自分の著作の欠陥に気づき、それを弁解している。

 しかし、これを「不完全な出版物」と見るのは、書物なり論文なりを印刷することは、ある程度「完成された」研究の成果を「固定する」行為であるという現在の基準でみた時の見方である。ハンターらによれば、84年の印刷物において、ボイルはあえて未完成でスケッチ的な研究計画を記し、かつて行った実験を発表することで、他の研究者のリサーチを刺激することを狙ったという。ここでは「印刷された書物」というのは、過去の成果をまとめた最終的な固定した何かではなく、未来の研究を刺激するフレキシブルな中間的なものであった。言葉を換えると、科学者共同体におけるインタラクティヴな媒体であった。現在の研究プロジェクトで、ネット上で公開される「ワーキングペーパー」の類とまったく同じじゃないかと思う人もいるだろう。

 最近、人文主義の本と出版のフェティッシュのような方向の研究を読む機会が多かったので、とても面白かった。