麻疹の致命率

必要があって、麻疹の致命率に関する論文を読む。文献は、Aaby, Peter, “Severe Measles in Copenhagen, 1915-1925”, Reviews of Infectious Diseases, 10(1988), 452-456; idem., “Malnutrition and Overcrowding/Intensive Exposure in Severe Measles Infection”, Reviews of Infectious Diseases, 10(1988), 478-491.

同じ病気に罹っても、患者の条件によって重症化し死に至る割合(致命率)は違う。お医者さんや疫学の専門家は違うと思うけれども、歴史学の研究者、特に経済史の研究者に向かってこの話を始めると、目を輝かせて「栄養状態でしょう?」と聞いてくる。確かに彼らが栄養状態に尽きぬことがない興味を持つのは理解できる。特に産業革命期の労働者階級の栄養状態・生活水準はどのように変化したかというのは、歴史学上の最も重要な論争であった。ある社会の生産力が向上したとき、その果実が個々の世帯にどのように分配され、人々はいつからどのようにして「豊か」になったのかという問いは、歴史学にとってたしかに中心的な問題である。「ロンドンの労働者階級の家庭が、週に何個のジャガイモを買うことができたか」という問題は、一見すると瑣末な問いに見えるが、確かに重要な問いである。そして、栄養状態が致命率に大きな影響を及ぼす病気は多いだろう。目を輝かせて「栄養状態でしょう?」と聞いてくる歴史学者たちを頭ごなしに否定するつもりは毛頭ない。

しかし、病気によっては、致命率を決めるファクターとして、栄養状態は最も重要なファクターではないことが知られていることにも注意して欲しい。私が致命率の問題を詰めて考えたことがある病気は麻疹しかないので、麻疹に話を限らせてもらうと、その致命率を決めるのに最も重要なものが罹患する年齢であることはほぼ間違いない。麻疹の罹患を遅らせることが出来れば、致命率は劇的に下がる。私が1920年代の香川を使って計算した結果だと、0歳児の麻疹の致命率は、2歳児のそれの8倍にも上る。ただ、こう言っても、「それは0歳で麻疹に罹患するような家の子供の栄養状態が悪いからだ」と言い張る研究者もいる。 たしかにそういうファクターもあるだろう。 1960年代・70年代の栄養状態の改善が健康状態を改善するという思想が強力だった時には、栄養不良の子供たちは、麻疹の致命率が高いという主張をする論文が数多く書かれた。近年のイギリスの優れた歴史学者たちも、この時期の知見に基づいて、麻疹の死亡率の増減は栄養状態によって決まってくると主張している。麻疹の死者数の周期性が、パンの価格の増減と一致しているという、にわかには信じがたい主張をする歴史学者すらいる。

この、麻疹の致命率と栄養状態を結び付ける説を、ほぼ完全に葬ったのが、この論文の著者であるPeter Aabyが1980年代に発表した一連の研究である。Aabyは同時代の発展途上国と、20世紀の前半の欧米諸国の麻疹の疫学の研究をレヴューしたうえに、同時代についても歴史的な事例についてもオリジナルリサーチを行い、栄養状態と麻疹の致命率の関係は、必ずしも強くはないということを発見した。クワシオコルのような極端な栄養不良が麻疹の致命率を大きく高めるのは事実だが、そのようなケースは麻疹による死亡のごく一部である。

Aabyの切り札は、初発症例・孤立症例の致命率と、家庭で兄弟などから感染した二次感染・多発感染の症例の致命率が大きく違うことを発見したことである。1915-25年のデンマークでは、後者は前者の二倍以上の致命率になっている。これは、<同じ年齢階層で同じような所得層の子供の罹患であっても、初発患者のと家庭で感染した患者では致命率が変わってくる>という発見である。あるいは、同じ家の中で麻疹の患者が複数でた場合と、一人しかいない場合とを較べてみると、前者の致命率は後者よりもはるかに高い。これをAabyは「被曝の強度」(intensity) という概念で説明している。罹患可能者が、感染者 (infectives)とともに狭い空間で長い時間を過ごすような環境での麻疹の罹患は、高い致命率にいたるというのである。この空間とは、多くの場合家庭であり、感染者とは多くの場合兄弟である。つまり、言葉を換えると、子供たちの多くが家庭の外で麻疹に罹患するような社会であれば、麻疹の死亡率が下がり、逆に感染が家で起きる可能性が高い社会であれば、死亡率は高くなる。これを決める最も重要なファクターは、一つの屋根の下で暮らす子供の数である。