ディオスコリデス『マテリア・メディカ』

注文しておいた本が到着して興奮してすぐに手にとってみた。現代のものとしては初めてのディオスコリデス『マテリア・メディカ』の英語訳。文献はDisocorides, De Materia Medica, translated by Lily Y. Beck (Hildesheim: Olms, 2005).

紀元一世紀後半に活躍した「本草学者」のディオスコリデスの著作『マテリア・メディカ』は700種類の本草を集めた古代の薬の百科事典であって、それぞれの薬になる植物や食材などの基本的な特徴を挙げて定義して、近代にいたるまでの西洋の医療に巨大な影響を及ぼした。過去の治療法は、私たちにその基本的なアイテムが持っていた<意味>がわからなくなり、その薬を与えることで身体に何をしようとしていたかが見えなくなっているので、現代の我々にはでたらめに見える。しかし、その背後のロジックがわかれば、<治療>とは何をすることだったのかという医療の基本的な性格が見えてくる。そのために、中世・ルネッサンス・近代初期の医療を研究するためには、ディオスコリデスの著作を参照することは欠かせないが、きちんとした英訳がこれまでなかった。この書物は、丁寧な読解と植物の同定に基づいた労作で、19世紀以前の医学を理解するためには必須であり、それ以降の医学がどう変わったのかという参照枠としても、欠かせないものである。翻訳が出てすごく嬉しかった。

この書物についてこれまで全く知らなかったことを一つ。第五巻ではワインの治療的効果が論じられていて、はちみつや水を混ぜたワインなどの効用と並んで、産地別のワインの特色なども論じられている。例えばイタリアで一番美味しいとされているファレリアンというワインは、消化しやすく、脈を回復させ、緩んだ胃腸を締めるが、膀胱の病気には良くないし、視力を低下させ、多量に飲むのに向いていない。一方アルバニアのワインは、ファレリアンよりも粗く、甘めで、お腹を膨らませる(ガスがたまる?)効果を持つ、といった調子で、ワイン論が書かれている。こんな昔から「利きワイン」の伝統があったのにも驚いたが、これと較べると最近のワイン愛好の言説は、「味覚」に特化していることに改めて気づいた。