白人オーストラリア主義の成立

熱帯オーストラリアへの植民をめぐる医学言説の分析を読む。文献はAnderson, War-wick, The Cultivation of Whiteness: Science, Health, and Racial Destiny in Australia (Durham: Duke University Press, 2006). 著者はこの領域の第一人者で、分析は読み応えがある。必読書の一つ。

オーストラリアがイギリスの植民地から独立国家となり、国民国家を形成する時期に問題になったのは、熱帯・亜熱帯に属する北部オーストラリアの扱いだった。(そう、北部に熱帯があるんですね・・・)19世紀の後半には、熱帯・亜熱帯は白人には居住不可能とされ、白人は熱帯の気候に耐えられずに様々な病気にかかるとされていた。これが20世紀初頭に大きく変わる。熱帯を含めたオーストラリア大陸全体が白人に開かれた土地であることを医学的に「証明する」言説が現れたのである。

オーストラリアを白人で独占するレトリックは次のようなものであった。熱帯オーストラリアの白人の死亡率が高く病気がちであるのは、気候そのもののせいではない。熱帯の気候が作り出す生態系の中に、病原体を媒介する生物が多く棲んでいるからである。当時めざましく発展していた細菌学・寄生虫学は、その病原体を特定し感染経路を明らかにしており、感染症を予防する手段を科学的に明らかにしていた。気候を変えることはできないが、白人の不健康の原因が病原体であれば、しかるべき対策を立てれば、白人が健康に暮らすことができる土地に改造することができる。 

そして、この病気を媒介する生物とは、蚊やしらみなどの昆虫・節足動物だけではなかった。熱帯地方に長く住むことで免疫を獲得した原住民も、一見健康に見えても実は体内に病原体を潜ませている、白人にとって危険な存在であるとされた。原住民は白人の国民国家形成をあやうくする敵とされたのである。

このような、細菌学・寄生虫学のオプティミズムと、保菌・寄生の概念による原住民の危険視という二重のレトリックを通じて、オーストラリアの熱帯医学は、「白人オーストラリア主義」に基づく国民国家形成を医学的に正当化したのである。