気候の時代


必要があって、気候と人間の進化を論じた書物を読む。文献はグリフィス・テイラー『人種地理学―環境と人種』徳重英助訳(東京:古今書院、1931)

同書は1926年に英語で出版された書物のいちはやい翻訳。和辻哲郎の『風土』が1935年に刊行され、生理学者の久野寧の発汗の生理学の英語版が1934年に出版され、日本の研究者があとに続いたことを考えると、1930年代を「気候の時代」と呼ぶことができるかもしれない。テイラーの書物は、兵力とか宗教とか政治ではなくて、気候こそが国家と民族の盛衰の原因であり、気候変動が現在の世界の人種の分布を説明するという一大テーゼの証明に取り組んで、世界中をカヴァーした大著である。気候への関心が強いという点と、グローバルな視覚を持つという意味では、現在の温暖化論によく似ている。

テイラーの記述は、たぶん現代の古人類学の知見に照らすと、でたらめとは言わないまでも、きっと大きく間違っているのだろう。もちろん私には判断は下せないが、私が主として『ナショナル・ジオグラフィック』のたぐいから得た知識によれば、人類が誕生したのはアフリカだけれども、テイラーはこれを中央アジアだと言っていて、そこから出発して、中央アジアから遠心的に放射されるように人類の移動があったという議論を組み立てている。

テイラーの説明を要約すると、「寒さに鍛えられて優秀になった人種が、南の楽園で怠惰になった人種を駆逐した」ということになる。氷河期と間氷期の気候変動が繰り返され、それがもたらした環境変化に対応して数回の大規模な人口移動が起きる。氷河期には高緯度の地方から低緯度の地方へ、間氷期にはその逆の移動である。氷河期が過ぎても熱帯にとどまった集団(人種)は、楽をしても暮らすことができるので発展しない。一方、比較的寒い地方に移住して、「精神を刺激するような」適度な寒さの中で苦労しながら工夫の才を発揮した集団は生存に有利な特質を身につける。その結果、温帯で鍛えられた優れた人種が熱帯に移住してくると、先住していて熱帯に甘やかされていた人種を圧倒して辺境に追いやるということが繰り返され、この重層が現代の人種分布を作っているという。これをテイラーは適者生存とならぶ「弱者隠遁」と呼んでいる。<優れた種族は、最も刺激が強い地方で形成される。これは、精神的発達を萎縮させはしないが、怠惰に流れ独創力を殺ぐような生活のいたって楽な地方ではない>とテイラーはいう。テイラーはこれを、当時脚光を浴びていたホルモン概念を援用して説明しようとしている。寒いところで暮らすと副腎からホルモンが分泌されて、それが人種的な特徴を形成したのではないという説を紹介している。

いや、たぶんトンデモ科学なんだろうし、そう言ってしまえばそれまでだけど、でも面白い。美しい言葉で的確に表現されているが、概念装置としては平面的で歴史の重層の概念を欠いた和辻の風土論よりもずっと手が込んでいると思う。

画像は本書冒頭より。北極から見た地球上の人種分布が、中央アジアを中心に同心円状に広まっているさまが描かれている。