遺伝子学の歴史

必要があって、遺伝子学の歴史を簡単にまとめた論文を読む。文献は、Turney, John and Brian Balmer, “The Genetic Body”, in Roger Cooter and John Pickstone eds., Companion to Medicine in the Twentieth Century (London: Routledge, 2002), 399-416.

遺伝子学の歴史については無知に等しいから、大いに勉強になった。「遺伝」というのが抽象的で実体を欠く概念であった優生学の時代-優生学の人種・階級的偏見が批判され、実験に基づいて化学的な実体を持つ遺伝子学が主流となる1920-40年代-二重らせんの発見を通じて遺伝が「情報の伝達」と理解される時代―という流れがうまく記述されていて、私のような入門者にはちょうどよかった。

いくつか面白かったことを。まず第一が、20世紀の前半においては、集団と個人の問題。メンデルに代表されるように遺伝学は統計を通じて研究される「ポピュレーション」の問題であったのに対し、実際に遺伝の問題に直面した医者たちにとってはそれは「個人」の問題であった。遺伝的に望ましくない性質を持つものが優生学的な手段で排除されることはポピュレーションにとっては善であるが、個人の患者を前にした医者はその状態に対しては20世紀前半には総じて無力であり、ディレンマに陥っていた。そしてそのディレンマを救うのが、遺伝子そのものに影響を与える方法であったという。第二が、20世紀半ばの二重らせんの発見近辺に遺伝子研究を駆動した主たる主題は鎌状赤血球症などの病気の診断と予防であったこと。(私はショウジョウバエかと思っていました・・・無知を恥じます)もう一つは、診断と治療のギャップの問題。遺伝子が大きく関与する病気(たとえば鎌状赤血球症など)を診断しその予後を立てることが可能になったが、治療についてはあまり変化がないこと。これを「診断と治療のギャップ」という概念で表現している。