エスキロールの分類と徴候学

新着雑誌から、エスキロールの精神病の疾病分類と徴候学を論じた論文を読む。文献は、Huertas, Rafael, “Between Doctrine and Clinical Practice: Nosography and Semiology in the Work of Jean-Etienne-Dominique Esquirol (1772-1840)”, History of Psychiatry, 19(2008), 123-140. この号は、読み応えがある記事が満載だった。この雑誌も、水準が着実に上がっているなあ。

ピネルの後をついでフランス精神医学の指導者になったエスキロールは、1838年に出版された Des maladies mentales が主著で、エスキロールを論ずるときには必ずこれが引用される。この書物は、彼の死の2年前に出版されたものだが、これは畢生の大業をある時点でまとめたものというよりも、過去20年間にエスキロールが色々な箇所に発表した論文を集めて並べたものという性格が強いため、全体を統一する体系的な原理・洞察に乏しい。このことは、エスキロールの弟子によっても指摘されていて、「エスキロール軍団」と呼ばれる彼の弟子たちの中では共通の認識だったのだろう。そのため、この書物の疾病分類は、必ずしもエスキロール自身の考え方を的確に表しているものになっておらず、カールバウムは、この書物の出版から30年たって、エスキロールの思想をより忠実に表している疾病分類を、独自に編みなおしたりしている。このあたり、このテキストの性格を意識しないと、間違いを犯すから注意しなければならない。

もう一つ、重要な洞察を。エスキロールの幻覚の定義についてである。エスキロールは、錯覚illusion と 幻覚hallucination を区別して、前者を感覚器官の錯誤にひきつけて考え、後者を脳の病気の枠組みで考えた。(盲人が幻覚を持つという現象が、論理的な決め手になったそうだ。)これは、パリ学派の解剖-臨床的な方法を取り入れて、他の器官(特に内臓)ではなく、脳に損傷を見つけるための徴候を確定するための戦略であった。この方法は、エスキロールの学派の外にいて、解剖-臨床的な手法を精神病にあてはめて進行性麻痺というモデル疾患を作り上げたベールに特徴的な方法であるかのような印象を私は持っていたのだけれども、そうか、エスキロールもパリ学派の革新的な方法を、その徴候学の根本に取り入れているんだ。

この論文の著者はスペインの学者で、私は、数年前の学会のときの経緯から、スペインにおける精神医学史研究にいい印象を持っていなかった-というより、敵意と言ってよい感情を持っていたけれども、この論文の水準は非常に高い。態度を改めないと。