ローデシアの吸血鬼伝説

未読山の中から、ローデシアの眠り病コントロールに関する論文を読む。文献は、White, Luise, “Tsetse Visions: Narratives of Blood and Bugs in Colonial Northern Rhodesia, 1931-9”, Journal of African History, 36(1995), 219-245.

この論文の独創性は、ローデシアにおけるイギリスの帝国医学による眠り病対策と平行して、原住民の間に起きた「うわさ」を取り上げている点である。ツェツェハエが眠り病を媒介することが明らかになり、その対策としてツェツェハエが血を吸うと考えられた野生動物が住む狩猟区を見回らせ、原住民のリンパ液を採取して検査することが始まると、「吸血鬼がいる」という「うわさ」が広まった。アフリカ人が藪でキャンプを張っていて、彼らは原住民が独りでいるところを襲って殺し、体から血を抜き取り、耳の後ろに孔を開けて脳の一部を取り出して、血と脳を医学局に送って薬にしているという流言飛語である。

この1930年代に発生したうわさを使って、植民地医学と原住民の世界観の関係を分析している。この事例から、科学的な知識というのは、もとの理論的な脈絡から切り離された断片になって流通し、実際にその土地で暮らしている人々の生活の中で異なった意味を与えられるという性格に光を当てている。「うわさ」の類だから、ドキュメンテーションは薄く、当時のヨーロッパ人が書き残したものの中に現れる少ない記述に頼っているけれども、この視点は大きなインスピレーションになった。 そうか、歴史上の流言飛語というのは、こう使うと面白いんだ。