中勘助『銀の匙』

未読山の中から、中勘助銀の匙』を読む。高校生の時にちょっと読んだことがあって、そのころはなんとも思わなかったけれども、年をとってから読むと、何気ないけれども心に沁みてくるような回想の随筆である。

いくつかほしかった情報を含んでいる部分を抜書きする。

「伯母さんは [ 自分のつれあいの惣右衛門がコレラで死んだときの] 話をして、それは異国の切支丹が日本人を殺してしまおうと思って悪い狐を流してよこしたからコロリがはやったので、一コロリ三コロリと二遍もあった。惣右衛門さんは一コロリにかかって避病院につれて行かれたのだが、そこではコロリの熱で真っ黒になっている病人に水も飲ませずに殺してしまう。病院はみな腹わたが焼けて死ぬのだ、といった。」(12)

実は、「一コロリ三コロリ」という表現が分からない。 

もう一箇所。 

「病身者の私はしょっちゅうお医者様の手をはなれるまがなかったが、幸せなことにはウサイカクの東桂さんが間もなく死んだので代わりに「西洋医者」の高坂さんにみてもらうようになり、東桂さんが一所懸命ふき出さした腫物(できもの)は西洋の薬できれいに洗われてじきによくなってしまった。この人は顔の怖いのに似ず子供の機嫌をとることが上手だった。で、それまで東桂さんのまずい煉薬にこりごりしていた私も喜んで甘味をつけた水薬をのむようになった。そのうち、私と母の健康のためにどうでも山の手の空気のいいところへ越さなければ、という高坂さんの節によって、・・・小石川の高台へ引っ越すことに決心した。」(24)

庶民の猥雑なエネルギーと雑踏が満ちた神田に生まれた病弱で漢方医のやっかいになっていた少年が、西洋医者のすすめで小石川の高台に移る話。 山の手の、空気のいいところ、か。